75:彼の矜持
そう思いながら王太子にエスコートされて歩き出すと、少し距離をとり、ライト副団長ら近衛騎士が、私達の後をついてくる。
ライト副団長には、既に私の気持ちを話していた。つまりはルーファスを、オルゼア聖皇を好きであることを。そしてこの気持ちは昨日今日で高まったものではなく、何度も転生を重ね、深めた気持ちであることも話していた。
最初は信じられないという表情で、転生の話を聞いていたライト副団長だったが、彼は彼で、私の転生を信じる気持ちになっていた。それは二つの出来事により。一つ目は……。
王太子のフロアと呼ばれる、四階に続く階段のランディングスペース(踊り場)の壁に飾られた絵画『実現しなかった世界』を、ライト副団長と見た時。彼はその絵が“Hidden meaning arts(隠された意図を持つ絵)”であることを教えてくれた。
その結果、ノクスの秘めた想いを知ってしまった。さらにライト副団長がノクスの生まれ変わりと思っていたので、思わず彼に「ノクス様は二十三歳ですよね。なぜ恋人や婚約者を作らないのですか?」と尋ねていた。
そう、うっかり私はライト副団長のことを“ノクス様”と呼んでいたのだ。
ライト副団長は、数少ない絵画で描かれている天才魔法使いミレア・マヴィリスと私が似ていると感じていた。その上で、建国王や初代国王ではなく、“ノクス様”と自然に口にするのを目の当たりにした時。
もしやクレア・ロゼ・レミントンは、ミレア・マヴィリスの生まれ変わりなのではないか。
そう、一瞬、思ったのだという。
そんな一件があったことに加え、霊廟襲撃事件では、オピオタウロスを、私はフォンスとトッコと連携を見事に組み、撃退している。確かにあの時、ライト副団長は既に私に「……あなたは彼女の生まれ変わりなのですか?」と、ミレア・マヴィリスの生まれ変わりなのではないかと尋ねていたのだ。
この二つの件に加え、彼は師匠ともあのお茶会毒クッキー事件の際、話をしていたのだ。そこで私とオルゼア聖皇との因縁を聞いていたので、繰り返された転生の話も、最後は全て受け入れてくれた。つまり、信じてくれたのだ。
「自分の出る幕がどこにもない……というのは悲しいことです。ただ、あなたを想う気持ちは、そう簡単に消えることはないでしょう。この炎が完全に消えることがあるのか、自分にも分からないのですが……。もしもクレア様。あなたが涙を流すようなことがあれば、自分のことを思い出してください。あなたが声に出し、自分を呼んでくれれば、必ずクレア様の元へ駆けつけます」
騎士らしい忠誠心を示し、一歩引いてくれることになった。それでも私を忘れられる自信がないと言われては、困ってしまうが……。だからといってライト副団長が、今の言葉以上のことはすることはないはずだ。なぜならそれが、彼の矜持だからだ。
ということで今もその碧い瞳は、王太子にだけ向けられている。公私混同は一切ない。
「レミントン公爵令嬢、こちらです」
「特別な場所にご案内しましょう」と言われ、王太子にエスコートされたが、『ザ・ミラージュ』に戻ってきていた。少し拍子抜けしたが、王太子は鏡になっている壁の何箇所かに触れると……。
驚いた。
鏡の壁がスライドしたと思ったら、そこに美しい彫刻が刻まれた扉が現れたのだ。
「ここでしたら、誰にも邪魔されず、静かな時間を過ごせます。どうぞ。護衛の聖騎士はこの扉の前で」
隠し扉と隠し部屋がこんなところにあるなんて。完全に盲点だったし、知るのは本当に王族だけだろう。
ドキドキしながら扉の中へ入ると……。
からくり式で明かりが灯るようになっているようだ。八角形の部屋は、四面が窓で、残りが壁。そこの壁掛けトーチに明かりが灯った。中央にローテーブルとソファが置かれ、見上げると……。
吹き抜けで四階の高さにある屋根は、ガラス張りになっており、美しい夜空が見えている。
「ごゆっくり、お寛ぎください」と王太子は微笑み、扉を閉め、出て行った。
窓からは、夜の庭園が見えている。
解放はされていないが、ランタンが飾られた庭園では、噴水が淡い光に浮かび上がり、とても幻想的だった。ソファに座り、見上げれば、八角形のガラスの屋根からは、満点の星空が見えている。
ローテーブルには洋酒やワインとグラス。砂糖菓子やチョコレートが置かれていた。
ソファにもたれ、満点の夜空を眺める。その上で洋酒とチョコレートを楽しむなんて、贅沢よね。
でも……。
一人では味気ない。
こんな素敵な部屋なら、ルーファスが一緒だったらよかったのに。
そう思ったまさにその瞬間。
扉をノックする音が聞こえた。