74:特別な場所に
聖皇であるオルゼアを……ルーファスを、大勢の人が取り囲んでいる。
一方の私も、最初はフォンスとトッコと話していたが、家族にも声をかけられ、その後は大勢の王都の貴族に声をかけられた。一番驚いたのは、リアス王太子から「レミントン公爵令嬢、お話をさせていただいてもよいですか?」と聞かれたことだった。
国王陛下と同じブラウンの髪の王太子は、『ザ・ミラージュ』を出て、廊下の一角に私を連れていった。今日は寒さも厳しいことから庭園は解放されていない。よって『ザ・ミラージュ』につながる広々とした廊下は、談話スペースに様変わりしている。ハイテーブルがいくつも並べられ、そこに飲み物が入ったグラスを置き、談笑している貴族が何組もいた。
「レミントン公爵令嬢。今回はわたしのハンカチのせいで、クロエ妃殿下を苦しめ、聖皇様やあなたにまで多大なご迷惑をおかけすることになり、本当に申し訳ありませんでした」
青い軍服を着た王太子が深々と頭を下げるので、慌てて頭をあげるよう、お願いする。王太子のハンカチが、クロエを脅迫するために使われ、聖皇暗殺未遂に使われたことは、公にはされていない。輝かしい未来の国王陛下の名が、ハンカチ一枚で地に落ちるようなことがあってはならなかったからだ。
それに未成年ではあるが、クロエが国王陛下の側妃であることから、厳しい処罰が下るかもしれないと、師匠は予想していた。だが国王陛下は、そんなことはしなかった。クロエは第二王妃に脅迫されていたとして、極力処罰しない形で済むよう、配慮していたのだ。そのこともあり、一連の事件と王太子のハンカチは勿論、王太子自身の関連性はないものとして、扱われていた。
そのことに関し、聖皇も私も同意している。事情を知った者も、口外しない約束を国王陛下と交わしている。だがこんな風に王太子が私に頭を下げると、その様子を見た貴族が、余計な噂を立てる心配もある。よって慌てて頭をあげてもらったわけだ。
「クロエ妃殿下は妹と年齢も近いので、友人というより、もう一人の妹のように思えていました。あの年齢で父上の側妃というのも、わたしからすると不思議なことであり……。クロエ自身もとまどい、王室に馴染めていないようでしたので、気に掛けるようにしていました。でもそのことがクロエ妃殿下を苦しめ、第二王妃に利用されることになったのは……とても悔しく思っているのです」
王太子自身も未成年で、クロエともたいして年齢が変わらないのに。そうやって気遣いができるところは、彼が王太子教育を受け、国王になるべく育てられているからだろう。今回の一連の事件についても、彼なりに向き合っているようだ。
「わたしは父上に、生意気ながら意見を言わせていただきました。クロエ妃殿下に必要なのは、彼女と年齢の近い友人……父上ではなく、年の近い婚約者なのではないかと。叔父上には、わたしより一歳年下の息子がいます。わたしにとっていとこにあたるのですが、まだ婚約者もいません。彼ならクロエ妃殿下とは年齢的にもあいますし、叔父上に似て、温厚で優しい性格。クロエ妃殿下のことも受け止めてくれるのでは、と思ったのです」
「それは素晴らしい提案だと思います。第二王妃は、クロエ妃殿下の心の隙につけいったのです。クロエ妃殿下は側妃というには若すぎて、またこの国において、心を許せる相手がいなかったのでしょう。そこが第二王妃につけ込まれる原因になったと思います。王太子様のいとこと婚約できるなら、クロエ妃殿下も二度と惑わされることなく、お幸せになれるのではないでしょうか」
そう私が答えると、王太子は碧い瞳を細め、笑顔になった。
「今回の一番の被害者は、レミントン公爵令嬢、あなただと思っています。……でもクロエ妃殿下が幸せになっても構わないと、思ってくださっているのですね!」
「当然ですよ! 辛い思いをされた分、クロエ妃殿下が幸せになれればいいと思っていますから」
「ありがとうございます、レミントン公爵令嬢!」と喜んだ王太子がまたも頭を下げそうになるので、それをなんとか押しとどめる。すると彼は嬉しい気持ちを別の形で表現してくれることにしたようだ。
「わたしとダンスできることを、名誉と感じてくださる令嬢は多いのですが、それは聖皇様に恐れ多くてできません。代わりに特別な場所にご案内しましょう」
未来の国王から恐れ多いと言われる聖皇って……。でも特別な場所。庭園にも出られないのに、特別な場所って……?