72:ぐるるる
ああ、ルーファスに唇へキスをされる――。
そう思ったまさにその瞬間。
「ぐるるる……きゅるるるる……」
お腹の虫が盛大に空腹を訴え、ルーファスの動きが止まる。もうあと数ミリでキスをしていただろうに。それは寸止めになってしまった。
「三日間、断食していたようなものですからね。食事にしましょう」
すっかりいつもの真面目な聖皇オルゼアになったルーファスが、私をベッドから起き上がらせた。
「わたしのローブを羽織るのでは、大きいですかね?」
目覚めて師匠と話し、そしてすぐにここに転移していた。よって私は寝間着のままだった。
「ルーファスのローブは……大きすぎますね。すぐにドレスに着替え、戻ってきます」
「ダメです!」
ルーファスは後ろから私を抱きしめ、髪に顔を埋めている。
「でも魔法で部屋に転移して、すぐに着替えて戻ってきますから」
「……もう離れ離れにはなりたくないのです」
「ルーファス……」
こんなに甘えん坊だったかしら、ルーファスは?
というか声音も口調も完全にオルゼア。でも顔はルーファス。しかし髪や瞳の色はオルゼア。そうなると聖皇に甘えられているようで、なんだか落ち着かない。ルーファスとだったら、あんなに何度も抱き合うことに抵抗感がなかったのに。聖皇だと思うと、恐れ多いことをしている気持ちになってしまう。
これはなんだか不思議な感じ。
ともかくそこでもう一度私のお腹が空腹を訴え、ルーファスは泣く泣く私が部屋へ戻ることを許した。実際涙目で私を見送り、アイリス色のドレスに着替えて再び彼の部屋に戻ると、百年ぶりの再会!というようにルーファスは私を抱きしめる。
でもお互いに着替えをしている間に、部屋には食事が用意されていた。アイリス色のシャツに白のセットアップを着てシルバーホワイトのローブをまとったルーファスと、ブランチを楽しむことになる。
そのブランチを食べながら、いろいろと私は驚くことになった。ルーファスは覚醒など関係なく、オルゼアとして誕生した時から、すべての記憶を保持している。よってあの地下牢へ私に会いに来たのも、私であると分かった上で、だった。
ただし、私であると分かったのは、偶然。
というのも急に刑の執行が早まり、地下牢へ聖官を派遣することになった。そこでたまたまルーファスは「公爵家の令嬢がそんなにも急に処刑されるなんて。どれだけの大罪をおかしたのだ?」と関心を持ち、資料を見ることになる。
罪人なんて山ほどいる。すべての咎人を聖皇が把握しているわけではなかった。よってその資料を初めて見て、クレア・ロゼ・レミントンの姿を確認することになる。
資料に添えられた姿絵を見て、ルーファスは心臓が止まりそうになった。すぐに私を助け出そうと、すべての予定をキャンセルし、モーン・ヒル監獄へ向かったのだ。
処刑は、なんとしてでも中止させるつもりでいた。だが私は罪人として捕らえられている。まずは私がどのような状況であるか、把握することに努めた。犯罪をおかす程、転生で人格が変わってしまったのか。それも確認するためだった。
実際に私に会い、会話をして、無罪を確信した。冤罪で投獄されていると分かり、そこから救い出すことを決めた。それを実行した後は……。どうやって私と距離を縮めるか。それはルーファスを悩ませることになる。そこで思いついたのが、苦肉の策。建国祭のパートナー契約だった。
そんな打ち明け話を聞きながらのブランチだったので、私は衝撃を受けっぱなし。そしてこのブランチを食べたところまでは、ルーファスと二人の甘い時間だったと思う。だがそこから一転、その後はもう、国王陛下に呼び出され、話を聞かれ、ライト副団長とも話すことになった。フォンスやトッコにも報告を行い、家族も面会に来た。それ以外にもいろいろな人と面談したり、打ち合わせをしたり……。
その一方で、建国祭の行事にも、参加することになった。
つまり最終日の建国記念舞踏会だ。
眠っている三日間の間に行われたセレモニーや式典は、すべて欠席してしまったので、これは出席しないわけにはいかない。
ただ今回、第二王妃と言われたアナベルが逮捕され、彼女に協力していたマダムや使用人の何人かも牢獄に入ることになった。ルーファス……聖皇暗殺のために動いていた暗殺ギルドもいくつか摘発され、そちらは既に全員収監されている。クロエは王宮内で軟禁となり、正直、王室としては舞踏会どころではなかったが……。
聖皇が健在であることを国内外に示す必要もあったし、王室で不幸な出来事が重なったが、国としては問題ないと示す必要もあった。
そこで建国記念舞踏会は、予定通り行われることになったのだ。
聖皇の健在を示すのだから、当然私もパートナーとしてエスコートされることになる。この日のために用意していたドレスに着替え、出席することになった。