70:あの時の眼差し
私が号泣していて驚いたというオルゼアに、私はなぜ泣いていたかを説明する。
「泣いていたのは二つ理由があります。一つ目は師匠が……師匠についてはこの後、話します。ともかく師匠が、聖皇様が命を落とした……みたいな言い方をしたので、勘違いしてしまったのです。私を助け、代わりに聖皇様が、と」
「なるほど。わたしはレミントン公爵令嬢を守ると誓いましたが、殉死する気はさらさらありませんでした」
「そうですよね。もう一つの理由は……」
そこで私は寝込んでいた三日間に見た転生の記憶について話した。私という人間の魂に刻まれた記憶を。シェナという女性としてスタートし、その後沢山の転生を経て、ミレア・マヴィリスという天才魔法使いとして生まれ変わり、そして――。
「ようやく魔王ルーファスに再会できたのですが、その時の私、ミレア・マヴィリスに、前世の記憶はありません。しかもルーファスは、私と再会したと思っていたのですが……。実はそれは、私の姿に変身していた師匠だったのです。本当の私とルーファスが再会できたのは、ルーファスがこの世を去る直前でした……」
オルゼアは、私という人間の魂が巡る数奇な人生を、興味深そうに聞いてくれている。疑問を挟むことなく、ただただ真剣に耳を傾けてくれていた。
それでも師匠が私に魔法で変身していたというくだりには、驚いた顔をしている。でもそれはそうだろう。師匠が男性であることは既に伝えていたし、まさか師匠が私に変身するなんて!と思って当然だった。
「せっかく、ようやく同じ時代の、同じ世界で邂逅できたのに。ルーファスは、ミレア・マヴィリスがシェナだと分かっていました。でもミレア・マヴィリスは……私は、ルーファスのことを分かっていません。しかも私に変身した師匠ではなく、ミレア・マヴィリス本人にルーファスが出会えたのは、絶命寸前です。結局私はルーファスに道連れにされ、命を落とすことになったと思いながら、ミレア・マヴィリスとしての人生を終えたのです」
オルゼアのベッドは大きかったので、そこに横並びで仰向けに寝転がり、話をしていた。長い、長い、転生の物語は終盤が近かった。
「次に前世の記憶、つまりはミレア・マヴィリスの記憶を取り戻したのは、あの地下牢です。処刑を待つ私……クレア・ロゼ・レミントンのところに聖皇様がやってきて、その顔を見た時、覚醒しました」
そう言って、隣に横になっているオルゼアを見る。
銀色の瞳は限りなく優しく私を見ていた。
心臓があまりにもドキドキしてしまい、何度か深呼吸をしてから、話を再開することになった。
「聖皇様は……そっくりだったのです。魔王ルーファスに。角がなくて、髪色と瞳の色が違うだけで。『魔王がいる! 私を道連れにしたあの魔王がいる!』って、そこですべてを思い出しました。前世の記憶を思い出し、覚醒しました」
「レミントン公爵令嬢……いえ、なんと呼ばれると、一番あなたはしっくりきますか?」
突然そう尋ねられ、戸惑うことになる。
名前。
沢山の名前と共に生きてきた。
だがもし一つ選ぶとしたら……。
「シェナでしょうか。すべての原点ですから」
「そうですか。……シェナ。わたしも一番、その名前であなたのことを呼んでいましたからね。心の中でも。頭の中でも。夢の中でも。何度もその名を呼んでいました。ずっと……会いたかったですよ、シェナ」
その姿は聖皇であり、オルゼアなのに。
角もなくて、髪と瞳の色だって違っているのに!
でもこれは彼だ!
「ルーファス!」
「シェナ」
改めてぎゅっと抱き合うと、涙が止まらなかった。
最初の出会いと別れは、あまりにも悲しいものだったから。
ルーファスはこぼれる落ちる涙を、頬へのキスで受け止めてくれる。そんなことをされるのが初めてで、心臓がものすごく反応していた。でも嫌じゃなかった。言葉にできないぐらい、幸せだった。
「覚えているのですね、ルーファス」
「ええ、ミレアのことも、シェナのこともすべて覚えています」
夢なのだろうか。いや、目の前の彼は私をシェナと呼んだ。その眼差しも間違いなくルーファスのものだ。あの夜、炭焼き小屋で月明かりに照らされたルーファスが、シェナに向けた優しい眼差し。
「あれ? ねえ、でもどうしてかしら? 前世の記憶は甦ったとしても、それ以前の魔王として記憶も全部、覚えているのですか? 『コランダムの心臓』は溶けて、呪いも解けたのでしょう?」
「そうですね。角もないですし、魔王ルーファスの姿では転生していません。似てはいますが、髪と瞳の色は違いますから。これは勇者だった頃の、わたしの姿に近いでしょうか。髪は短かったですけどね。それに魔力はありませんから、もう魔王ではないですよ」
「そうですよね……。それなのに記憶は全部残っているのは、不思議だわ……」
私を自身の胸に抱き寄せたルーファスは「言われてみると、そうですよね」と言いつつも「結局、わたしは貧乏くじを引かされたわけです。勇者なのに魔王にさせられ、結構な回数、魔王として生きたわけです。さすがに主も申し訳ないと思ったのでしょうか? ゆえに記憶もすべて残っている上に、聖皇に転生できたのだと思います」と分析した。
お読みいただき、ありがとうございます!
別件でのお知らせです。
以下作品が完結しました。
一気読み派の読者様。
ページ下部にイラストリンクバナーがございます。
どうぞ~!
【表紙&挿絵は 蕗野冬 先生描き下ろし】
『運命の相手は私ではありません!~だから断る~』
https://ncode.syosetu.com/n5618iq/
気づけば読んでいた小説の世界に転生していた。
しかも名前すら作中に登場しない、呪いを解くことを生業とする、解呪師シャーリーなる人物に。さらにヒロインが解くはずの皇太子の呪いを、ひょんなことから解いてしまい、彼から熱烈プロポーズを受ける事態に!
この世界は、ヒロインと皇太子のハッピーエンドが正解。モブの私と皇太子が結ばれるなんて、小説の世界を正しく導こうとする見えざる抑止力、ストーリーの強制力で、私は消されてしまう!
そこで前世知識を総動員し、皇太子を全力で回避しようとするが……。