69:ようやく再会できたのに!
私と同じ白く明るい部屋だった。
壁紙は白く、アラベスク模様が描かれている。ソファや椅子のファブリックも同じ柄だ。窓から冬の柔らかい陽射しが差し込んでいる。
シルバーの毛足の長い絨毯を踏みしめ、天蓋付きのベッドへと向かう。
白リネンに包まれるようにして、オルゼアが仰向けで寝かされている。
アイスブルーのサラサラの長い髪に、乱れはない。
肌は透き通るような白さで、閉じられた瞼の睫毛は長く美しい。
鼻梁の通った整った顔立ちで、形のいい唇は軽く閉じられていた。
生きているようにしか見えなかった。
どうして? 私のヒュドラーの猛毒の解毒に成功したのよね? それであなたが命を落とすってどういうことなの? もしかして王大姪のマリナの棺の、三百人を害することができるヒュドラーの猛毒を浄化して、神聖力が尽きかけていたの? その状態で私の毒を清めようとして、力尽きてしまったの?
せっかくすべてを思い出したのに!
ようやく再会できたのに!
一歩、二歩とオルゼアに近づく度に、涙がこぼれ落ち、絨毯の上にしずくが転がる。
視界がぼやけてオルゼアの顔がよく見えない。
ようやくベッドに辿り着き、彼に抱きついた。
言葉が出ない。
話したいことは沢山あったのに。
叫ぶようにして号泣すると「聖皇様、どうされましたか!?」と扉の向こうから声が聞こえ、ノックの音が響く。
「えっ……?」
顔を上げ、扉の方を見る。
永遠の眠りについたオルゼアに声をかけるってどういうこと……?
「聖皇様、叫び声が聞こえました、何かありましたか、扉を開けても」
「問題ないです。そのまま控えていてください」
両肩を掴まれ、振り向くと、そこには白い寝間着姿で上半身を起こしたオルゼアが、頬をローズ色に染め、困った顔をしている。
「聖皇様……夢ですか? 生きていますか?」
両手で頬に触れると温かい。
「生きていますよ。どうしてわたしが亡くなっていることになっているのでしょうか……?」
それは……私が知りたい。
というか、師匠……!
いや、それは、今はいい。
師匠の、あの人を勘違いさせるような言葉使いには、一旦目をつむる。
「勘違いです。聖皇様が生きていて、よかったです!」
「それはわたしのセリフですよ。レミントン公爵れ……」
オルゼアに抱きつくと、勢いがありすぎたようで、そのまま二人でベッドに倒れこんでしまった。
なんだかあの日を思い出してしまう。
目薬草の効果が消えたら、シェナは自分からルーファスにキスはできない。
だからシェナは彼にキスをした。
驚いたルーファスは、トマトのように顔を赤くして「これは……シェナは……わたしのことを……好き、なのですか?」と尋ね、シェナが「そうみたいです」と答えると、感極まったルーファスがシェナに抱きついて、ソファに倒れ込んだ。
「レミントン公爵令嬢……」
ついシェナの記憶を思い出し、目の前のルーファス……オルゼアを放置してしまったが。彼はシェナの記憶のルーファスと同じ。髪色と瞳の色は違うが、今、真っ赤になっている。
「神聖力はもう、あなたの体に残っていないのに。神聖力があった時、あなたはとても寛大でしたが、今は違うはず……。どうされましたか。こんな風にされると……勘違いしてしまいますよ」
そういえばオルゼアから神聖力をもらった私は、気持ちが大らかになり、彼から沢山手にキスをされても、普通に受け止めていたけれど……。
今思い出すと、私が赤くなる事案だ。
でも。
シェナの記憶を取り戻した今、それもこれも全部含め、大切な時間だった。
「勘違いして構わないですよ」「えっ」
驚くオルゼアにぎゅっと抱きつくと、清潔なシャボンの香りがする。
「聖皇様はどうやって、私のヒュドラーの猛毒を、解毒してくださったのですか?」
私が尋ねると、オルゼアは私の背に腕を回し、髪を優しく撫でながら、「それはですね」とさらに顔を赤くする。
「レミントン公爵令嬢の毒を、一旦わたしがすべて引き受けました。その後わたしの体内で、神聖力を使い、浄化しました」
「えっ、そんな方法、できるのですか!?」
「できました。初めてやりましたが。……でもレミントン公爵令嬢以外とは、やりたくない方法です」
い、一体、どんな方法だったの!? 気になるけれど、聞いたら、私はまた叫んでしまうかもしれない。そう思い「そうでしたか」とだけ答え、改めて御礼の気持ちを伝える。
「どんな方法であれ、助けてくださり、ありがとうございました。おかげでこうやって今、生きています。聖皇様に会えて、とても嬉しいです」
「それはわたしも同じですよ。体内に取り込んだ毒は、神聖力で清めるだけなので、そこまで難しいことではなかったのですが……。わたしに毒を移す過程で、力をかなり消耗したようです。すぐに取り込んだ毒を浄化できず、おかげでわたしもしばらく寝込むことになりました。でも目覚めてそこに、レミントン公爵令嬢がいてくださったので、嬉しかったです。ただ困惑もしました。……号泣されていたので」
そう言うと、今度はオルゼアが、ぎゅっと私を抱きしめた。