68:会いたい
師匠は、オルゼアが一人で三百人は死に至らしめるヒュドラーの猛毒を清めたことについて、ライト副団長がこう言っていたと教えてくれた。
「ライト副団長は『あの場で気絶してもおかしくなかったです。浄化を終えた後、何事もなかったかのように祈りを捧げ、残りの四つの棺にも礼を尽くしました。驚きましたよ。しかも王太子様のハンカチをしっかり回収し、自分に渡してくださったのです。もしあの時、オルゼアがヒュドラーの猛毒に打ち勝つことができなかったら……。彼を死に至らしめたのは、ヒュドラーの猛毒を含んだ王太子様のハンカチが原因となります。王太子様は無関係です。でも悪い噂は立ちますよね? アナベル第二王妃がその噂を先導し、恐ろしい事態になった可能性だってあるのです』と言っていたぞ」
恐ろしい事態。
それは廃太子となる可能性だろう。
なにせ歴代で最強の神聖力を持つと言われた聖皇を、失うことになるのだ。しかも王太子は過去に、聖皇に助けられている。その恩を仇で返すような事態に、世間が黙っているわけがない。自身のイニシャルと王家の紋章が入ったハンカチが、悪事に使われたというのなら。管理をなぜちゃんとしていなかったのか。ハンカチを取り戻しておけば、先に犯人を逮捕出来たのでは?――難癖はいくらでもつけられた。
そうならなかったのは、ひとえにオルゼアの機転と、その強い神聖力のおかげだ。
「ところで愛弟子。これで霊廟襲撃事件、お茶会毒クッキー事件、聖皇暗殺未遂事件の黒幕も含め、すべての謎が解けたわけだ。そしてすべての事件において、聖皇は頑張っていたよな? お前さんも少しは、聖皇に心を動かされたのでは?」
「……! そ、それは……」
「ミレア・マヴィリス。お前がなぜ希少性の高い魔眼持ちなのか、その理由も分かったのだろう? 魔王ルーファスが、問答無用で愛弟子の顔を見ただけで、恋に落ちた。その理由も、愛弟子は既に理解できたはずだ」
師匠が椅子から立ち上がり、私の顎を持ち上げ、自身の方へ向けた。
「師匠、もしかして私の夢を……」
「さすがにそれはできんな。でも予知で見たぞ。愛弟子が聖皇と、魂に刻まれた沢山の転生の記憶について話す姿をな。魔王ルーファスに求婚されたとしても、文句はないのだろう?」
当然だった。
私は……シェナという女性として生きていた時。魔王ルーファスと出会っていた。彼と私は相思相愛で、でもその仲は、呆気なく引き裂かれたのだ。
何度も転生し、ルーファスは私の魂を、私はルーファスの魂を、お互いに求めていた。
でもなかなか出会えない。
せっかく出会えても……分かりあえることはなかった。ノースマウンテンの噴火口で、道連れにされたと私は思っていた。
主はやりすぎだと思う。
一度目、あんな悲惨な別離をしたのだ。
もう少し再会は優しくしてくれてもいいのに。
でも転生を繰り返し、私は強くなれたと思う。
視力を失い、森の中で独りぼっちだった非力な女性ではなく。
天才魔法使いとなり、魔眼を手に入れていた。
すべて、シェナの人生が原点だ。
今だったら、もしあの聖女がいたとしても、倒せる自信があった。
もうルーファスを害させることはしない。
……アナベルはもしかして、聖女メリアークの生まれ変わりだったりするのかしら?
今はそんなこと、どうでもいい。
会いたい。ルーファスに。オルゼアに。
「師匠、聖皇様はどちらに?」
「……うん。今は部屋に安置されている」
「安置……? 安置って」
「今は安らかに眠っているよ」
「転移魔法 聖皇の私室へ」