6:なぜここに?
アイスブルーの長い髪。横顔だからこそ際立つ高い鼻。髪色と同じ美しいローブには、銀糸で聖皇庁の紋章が、袖や裾に刺繍されている。銀色のストールを首からつけ、ヒナの墓石の前で祈りを捧げているのは聖皇――オルゼアだ。
背後にあの日見たのと同じ、二人の聖官がいる上に、騎士の姿も見えた。聖騎士と言われる、聖皇庁直属の騎士で、ウエスト聖騎士団に所属している。甲冑以外の装備はすべて白で統一され、聖皇庁の紋章だけが、紺碧色の糸で刺繍されていた。紋章には、オリーブの木とハトがデザインされている。
なぜ、聖皇がヒナの墓前で祈りを捧げているの……?
祈りを終えたオルゼアが私に気づき、微笑の聖皇に相応しい笑顔を、此方へ向けた。その笑顔を見せられるのは、実に十日ぶりのこと。それなのになぜか無性に懐かしく感じてしまう。
「こんにちは。クレア・ロゼ・レミントン公爵令嬢。無事、モーン・ヒル監獄を出ることができたのですね。無実の人間に誤った刑が執行されず、本当に良かったです」
従者を連れ、ゆっくりオルゼアの方へ歩み寄ると、彼はゆっくり立ち上がり、私と向き合った。
「こんにちは、聖皇様。その節は本当にありがとうございます。先程無事、手続きを終え、自由の身となることができました。いろいろお世話になった御礼は、改めてレミントン公爵家としてさせていただく予定です。今は言葉のみの御礼で恐縮ですが……」
「御礼など必要ないことですよ、レミントン公爵令嬢。あなたは冤罪だったのですから。それを正すのは、聖皇として当然の役目です」
聖皇として当然の役目。
そう言い切れることに、改めて不思議な気持ちになる。いくらレミントン公爵家の名が関わった件だったとしても。オルゼア自らが動いたことには驚きしかない。それよりも、なぜここにいるのかを尋ねてみた。
「私の持つ神聖力は、基本的に怪我や病の治癒に向いているのですが、ちょっとした予知の力もあるのですよ。今日この時、この場所に足を運べば、レミントン公爵令嬢に会える予感がありました。どうやら正解のようですね」
「……私に会う予感を覚え、わざわざここへいらしたのですか?」
めったに聖皇庁や聖皇宮から出ない聖皇が?という思いで尋ねると、オルゼアは再びあの微笑になる。
「言い訳をさせていただくなら、予知で察知することは、この国や国民、まれにわたしにとって意味があることなのです。無意味な未来を感知することはありません。きっとここに来ることは意味があるのだろうと思いました。まず一つ目は、落とす必要がなかった命を散らすことになった、ここで眠る女性に祈りを捧げよという啓示だと思いました」
オルゼアの銀色の瞳が、ヒナの墓石に向けられる。慈愛に満ちたその眼差しは、あの魔王ルーファスとは思えない。それはそうなのだ。あくまで前世がルーファスなだけで、彼は今、聖皇オルゼアなのだから。
「二つ目は……。いささか個人的な理由ではあるのですが、聞いていただけますか」
ゆっくりと視線を私に向けた、オルゼアの銀色の瞳と目が合う。
これまた不思議だわ。
この瞳が金色だった時は、猛禽類の瞳に思え、この目で睨まれると、恐怖しか感じなかったのに。今、その銀色の瞳と目があっても、そこには優しい気配しか感じられない。
その瞬間。相手は宿敵の魔王の生まれ変わりと分かっていたのに。勇気を出してみよう。そんな気持ちが芽生えていた。
「聖皇様は、私にとって恩人でもあります。恩人の頼みであれば、どんな話でも聞かせていただきます」
少し大袈裟かしら?と思ったものの、口が勝手に返事をしていた……というのは言い訳かもしれない。
「ありがとうございます。恩人……と思ってくださるのであれば、ありがたくご相談させていただきます」
そう言ってオルゼアが私に相談したこと、それは……。
「今月末に、建国祭が王都でありますよね。わたしも出席を求められています。建国祭は五日間に渡り開催され、その間に様々な式典があり、それに顔を出すのは勿論、舞踏会や晩餐会も行われますよね」
相談、だけでも何だろうかと思ったのに。私の処刑が早まることになったあの建国祭が、話題にのぼるなんて。
前世魔王から相談を受けること自体、イレギュラーだと思う。でも建国祭が出てくるなんて。これから話がどこに向かうのか、まったく想像ができない。
「十八歳で聖皇となってから、毎年、建国祭の舞踏会や晩餐会には、一人で足を運んでいます。このような場に一人でいると、当然ですが、ホストがパートナーとなる令嬢を、わたしにつけてくださります」
建国祭のホストは、国王陛下だ。舞踏会の会場となるホールへ入場する際、国王陛下はいずれかの令嬢を、オルゼアに任せるということになる。
本来、舞踏会は一人で入場しても問題ない。でも令嬢としてはそれを恥ずかしく思う。パートナーの一人もいないなんて、と憐れみの目を向けられたくない。そこで最も注目が集まる舞踏会の会場への入場時、一人で来場している男性と令嬢をペアにすることが、ホストに求められるようになった。
オルゼアとしては一人気ままに入場したいのかもしれないが、それは許されない。たいがい令嬢があぶれ、男性の人手が足りない。聖皇であろうと、一人の男性とみなされ、令嬢を任される。
晩餐会はそもそもホストが、男女交互になるよう座席を決めるのだから、問答無用で令嬢をあてがわれてしまう。その逆もしかりで。
「二十歳になってから、どうもプレッシャーがあり、困っているのです」
ああ、なるほど、と理解してしまう。
オルゼアは現在、二十三歳。そして聖皇であるが、未婚であることは求められていない。むしろ結婚することを、推奨されている。
以前は、聖皇が結婚すると、その神聖力は失われてしまうと考えられていた。よって聖皇は、生涯独身であることを求められていたのだ。ところがとある聖皇が、どうしても好きになってしまった女性ができ、一線を超えてしまった。だが、神聖力は失われることはない。失われず、聖皇の神聖力は、結ばれた女性にも宿ることになった。
聖皇ほどではなくとも、相手の女性も神聖力が、使えるようになったのだ。さらに二人の間に生まれた子供は、確実に神聖力を持つことも判明。しかもその神聖力は、かなり強い。そうと分かってからは、聖皇が結婚することは、推奨されるようになった。
オルゼアは十八歳で聖皇に就任したが、しばらくは聖皇としての務めを遂行することを、求められたと思う。だが二十歳となり、結婚も可能な年齢になった。そこで国王陛下は、オルゼアに結婚をすすめるようになったのだろう。
でも政教分離もあるため、強い干渉は、国王陛下でもしにくい。そこで候補者となる令嬢を建国祭の時、オルゼアのパートナーとして、紹介しているのではないか。
「舞踏会のパートナーになった、あの令嬢はどうだったか。もし気に入ったならば、聖皇妃として迎えては?」と、国王陛下がプレッシャーをかけているのだろうと推測した。
推測はできたが、オルゼアは私に相談したいと言ったのだ。ということはまさか……。
お読みいただき、ありがとうございました!
【ご報告】
第4回一二三書房WEB小説大賞
一次選考通過しました(御礼)
『断罪終了後に悪役令嬢だったと気付きました!
既に詰んだ後ですが、これ以上どうしろと……!?』
https://ncode.syosetu.com/n8030ib/
未読の読者様用にページ下部にイラストリンクバナー設置しています!
この機会にお楽しみくださいませ☆彡