63:表と裏
「当たり前だ。俺は伝令の鳥を飛ばし、一部始終、状況を見ていた。犯人はあの女……第二王妃のアナベルだろうと分かっている。だがあの女は、そう簡単に誰かが物言える立場の人間ではない。第二王妃が『私はシロです』と言えば、あの場にいた全員が『第二王妃はシロです』と言うだろうと分かっていた。フェアじゃないよな。だからこちらも行使できる魔法を使いまくり、口を割らせた」
一体、どんな魔法を使ったのかと思わず身震いすると、師匠は快活に笑う。
「王大姪マリナ。彼女はアナベルが、不審な行動を時々とっていることに気づいていたようだ。一時、アナベルの行動を探るようなことをした結果……使用人を虐待しているというデマを流され、王族の中でマリナは、浮いた存在になってしまった。アナベルはマリナを疎ましいと思っていたが、王族には手を出しにくい。よってあの霊廟襲撃事件で、彼女のことを始末した」
聖女であるクロエは、ヒュドラーの猛毒の影響を一切受けない。アナベルはクロエに「解毒薬を作るために、毒を集める必要がある。この瓶にヒュドラーの毒を集めなさい」と命じていた。あの霊廟襲撃事件の混乱の中、クロエが毒を採取していることに、気を留める者はいなかった。
こうしてクロエが瓶に集めたヒュドラーの猛毒を水にいれ、その水をマリナに、アナベルは飲ませた。マリナだけが死亡していると不審に思われると考え、彼女の護衛騎士二人、別の王族とその護衛騎士にも、毒入りの水を飲ませた。こうして五名がヒュドラーの猛毒で、命を落とすことになった。
この一件を先にクロエから聞くことができた師匠は、魔法でマリナの霊をアナベルに見せた。ヒュドラーの猛毒で亡くなったマリナの体は、猛毒で黒ずみ、生前の美しさは失われ、それは恐ろしい姿になっていたという。その姿を再現し、霊としてアナベルに見せた。さらに「真実を話せなければ、一生呪う」と耳元で何度も囁かせたところ……。
「もうそこからは堰を切ったように、愛弟子が意識を失っていた三日間をかけ、ベラベラ話してくれたよ。アナベルは」
「私は三日間も眠っていたのですか!?」
「そうだ。聖皇が解毒方法を試みて、それは成功したはずなのに、昏々と寝ている。起こそうとしても起きない。……まあ、呼吸はあるし、脈の乱れはなかった。何か理由があって寝ているのだろうと思い、寝かせておいた」
その三日間で、私は自分の魂に刻まれた記憶を、すべて見ることができた。理由があって寝ていた……とはまさにその通りだろう。
「結局、霊廟襲撃事件でアナベル第二王妃が狙ったのは、誰だったのですか?」
「うん。彼女はこの世界が嫌いなのかな。狙っていたのは、王妃殿下、彼女の息子である王太子、聖皇……結局、自分自身と自分の娘、そして国王陛下が生き残れば、あとは全員死んでも構わないと思っていた」
「な……、どうして、ですか? アナベル第二王妃は、王妃殿下と幼馴染みで、仲が良かったのですよね!?」
すると師匠は肩をすくめ「女性の友情のことはよく分からないが、表面的に仲良く見えても、裏側ではそうではないことも、あるのだろう?」と言い、アナベルが語ったことを教えてくれた。
「憎かったそうだ。アナベルは王妃殿下より自分が国王陛下に選ばれると思っていたから。実際、頭の回転もよく、溌剌としたアナベルは、国王陛下をサポートし、賢妃になるだろうと言われていた。だが、その分、可愛げはなかったわけだ」
貴族社会もそうだが、王族においても、頭がいい女性は疎まれるということね。
「国王陛下の重鎮は、男社会で成立している。男勝りな妃はいらない。見た目が可愛らしく、どこか抜けていて、男性からちやほやされるような王妃の方が、喜ばれたわけだ。優れているのに、敗北をした。それがアナベルの心に、暗い影を落とすことになった」