62:ミレア・マヴィリス!
「愛弟子、そろそろ起きろ。お前の中にヒュドラーの猛毒は一滴たりとも残っていないはずだ。なんといってもこの大魔法使いのレノン・S・グレープ様と、歴代最強の神聖力を持つ聖皇様が、タッグを組んだのだからな。残念だが、天に召されることはなかった。諦めて目覚めるしかないだろう、ミレア・マヴィリス」
ハッキリと師匠の声が聞こえ、嫌でも目が開いていた。
開けた目には、濃い紫の髪に小麦色の肌、白銀色と白金色のオッドアイの瞳が飛び込んでくる。
「師匠……」
「おー、声もちゃんと出るな。良きことかな、良きことかな」
そう言うと師匠は、サイドテーブルに置かれたグラスを左手に持ち、ガラスのピッチャーを右手に持つ。ピッチャーには、スライスされたレモンが見える。
「ほら、レモン水だ。飲むがいい」
師匠の言葉にゆっくり上半身を起こす。
見慣れた天蓋付きのベッド、リネン類はすべて白で、白亜の壁に、毛足の長い絨毯はシルバー。ソファは白い生地に銀糸で刺繍があしらわれ、ローテーブルは大理石でできていた。
王城の敷地内にある、聖皇庁の出張所という名の大邸宅の、私のために用意された部屋だ。
「ありがとうございます」と答え、師匠から受け取ったグラスからレモン水を飲む。
美味しい……。
一気にごくごくと飲み干すのを見て、師匠はおかわりを注いでくれる。それを一口飲むと、ようやく落ち着いた。
「……師匠、私、生きているんですよね?」
「そうだ。なかなかに大変だったぞ。何せヒュドラーの猛毒だからな。通常なら即死だ。あ、あの少女。あれがまさか聖女だったとは驚きだ。彼女は聖なる力がその身にあるから、ヒュドラーの猛毒を自身の力で攻撃し、制圧した」
「え、浄化したのではないのですか!?」
「いや、聖女の聖なる力は、攻撃タイプなのだよ。対魔王に特化した。ヒュドラーはモンスターで、魔王の眷属と考えられているからな。その猛毒も聖なる力で攻撃し、消し去ることができた。……聖女ってのは、おしとやかさからは程遠く、凶暴なんだよ、魔王に関することとなると」
そう言うと師匠は、ベッドのそばに置かれた椅子に腰を下ろした。そして長い脚を組み、ぼやいた。
「聖皇の神聖力と違い、聖女の聖なる力は使い勝手が悪い。ヒュドラーの猛毒を撃退できるが、それは彼女自身にのみ有効。ヒュドラーの猛毒で苦しむ者がいても助けることはできない。だからあの時は――」
あのお茶会で、ヒュドラーの猛毒を、呼吸により体内に取り入れてしまった私は、即死に近い状態になった。即死……にならなかったのは、わずかだがまだ私の体内に、オルゼアがくれた神聖力が残っていたからだ。
「もう緊急事態だったからな。あの場に俺も姿を現すことになった。メイド姿で華麗に登場だ。まずは愛弟子に遅延魔法をかけ、ヒュドラーの猛毒が体内に広がるのを押さえるようにした。さらに各種魔法でその場にいた全員を拘束した上で、王太子の部屋にいる聖皇様を呼びに行った。聖騎士に化けてな」
私がヒュドラーの猛毒を盛られたと知った時のオルゼアは、師匠が支えなければ、その場で膝から崩れ落ちるところだったという。まるで死人のような顔色と虚ろな目となり、完全に彼から聖皇のオーラが消えたように感じられた。
このままだとオルゼアは、精神的ショックでそのまま死んでしまう……ぐらいに見えたので、師匠は「かろうじてまだ生きている。だが急がないと、本当に死ぬぞ!」と一喝することになる。
これにはそばにいた聖官や他の聖騎士がざわついたが、それでオルゼアの目に光が戻った。その後は私を助けるため、オルゼアは迅速に動いてくれた。
王宮の庭園の東屋についたオルゼアは、神聖力を使い、解毒をしようとしたが……。
「既に血流にのり、全身に猛毒が広がっています。神聖力で順番に解毒している間に、どこかの臓器がやられてしまうでしょう。……思いつく解毒方法があるので、それを試そうと思います」
そうオルゼアは言うと、一緒にその場に来ていたライト副団長と師匠に「レミントン公爵令嬢のことは、必ずわたしが助けます。お二人はここにいる誰が犯人なのか、突き止めていただけませんか」と告げたという。
「その後はちょっといくつか魔法を使い、愛弟子と聖皇、聖官や聖騎士を、お前さんの部屋に移動させ、解毒を任せた。で、俺はライト副団長と二人で、犯人に洗いざらい話させることにした」
「犯人は白状したのですか!?」
お読みいただき、ありがとうございます!
【よみがえる記憶】編では、多くの謎が解けましたが、いかがだったでしょうか。
転生を繰り返しているクレアなので、沢山名前があります。
現在:クレア 300年前:ミレア・マヴィリス
でもって最初の彼女の名前がシェナです。
ちなみに。
現在:オルゼア
300年前:魔王ルーファス(偽名:ファウス)
おさらいでした!