60:伝えなきゃ、、、
聖女に掴まれた左腕を、鋭い刃物で切り裂かれた。
あまりにも突然のことで、痛みよりショックを受け、そして地面にボタッと音を立てて流れ落ちた血を認識し、そこで悲鳴が漏れた。
「ジーナ、すぐにこっちへ来てくれ! 治癒の魔法を頼む!」
ミカエルの叫び声が聞こえ、倒れそうになる体を支えられた。
メリアークが私の腕を離すと、声が聞こえてくる。
「聖女様、悲鳴が聞こえましたが、どうしましたか!?」「聖女様、何かありましたか!?」
聖女を気遣う声が聞こえ「いえ、何も問題ございませんよ。それよりも皆さん、魔王が現れるかもしれません。油断しないように」とメリアークが答えた。
腕からどんどん血が流れていると分かった。力が入らない。もしミカエルが支えてくれなかったら、立っていられないだろう。
気分が悪く、吐き気を覚えたが。
もしこの血をルーファスが感知し、戻ってきたら、大変なことになる。止めないと、血を。
鉛のように重く感じる右手をなんとか持ち上げ、左腕を押さえようとすると。
「我慢してください。その手は清潔ではないでしょう。触れてはダメです。今、ジーナがこちらへ向かっているので、もう少しお待ちください」
ミカエルはそう言うと、私の耳元で囁く。
「聖女メリアーク様は、魔王ルーファスと戦闘となった際、愛する方を奪われているのです。彼女の護衛についていた騎士が、魔王により犠牲になったと聞いています。半年ほど前の話です。それから聖女メリアーク様は……。魔王を追い詰めるためなら、手段を問わなくなってしまったと、噂されています。本当に、申し訳ありません」
ああ、そういうことなのね。
でもルーファスは、護衛の騎士を害するようなことをしたのかしら……? 事故だったのではないかしら?
「お待たせしました、ミカエル様。今、治癒の魔法をかけます」
「頼んだよ、ジーナ」
その時だった。
突然、雷鳴が響き、同時にバケツの水をかけられたと思ったが……。違う、雨だ。いきなりの豪雨。失いかけていた意識は、豪雨と雷雨と豪風で、ハッキリ覚醒する。
皆、声を出そうとしているが、まともに声を出せる者はいないようだ。
こんな状況だが、ミカエルは私を抱きかかえ、必死に体を動かしている。
どうやら木の下に移動したようだ。背中に木の幹を感じる。
そばにジーナもいるようだ。ミカエルと何やら連携をとっている?
突然、暴風と豪雨が弱まったように感じた。
ミカエルが雨風避けになってくれているのでは……?
「反射魔法 雨風反転」
どうやらミカエルが雨風避けになることで、ようやくジーナが魔法を詠唱できたようだ。
「促進魔法 細胞回復」
左腕から激痛が消え、流れ落ちる血が止まった。
「よくやった、ジーナ」
「離れろ、クズども!」
ミカエルの言葉に被さるこの声は、ルーファス!
「どうして、ルーファス、戻って来たの!?」
ルーファスは私の問いかけに答えることなく、乱暴な口調で怒鳴った。
「貴様がやったのか!? 彼女はただの炭焼き小屋で暮らす娘! 仲間でもなんでもないのに! こんなに血が出る程傷つけるなんて……それでも勇者か!?」
「魔王……、待ってい」「強化魔法 握力」「黙れ、魔法使い!」「ひいっ」
皆が一斉に口を開き、そして……ジーナが悲鳴をあげ、鞭がしなる音がした。
「ルーファス、止めて! 傷つけないで! 彼女は私の傷を癒してくれたのよ!」
「!」
「死ね、魔王ルーファス! 聖光断絶<ホーリー・キル>」
「聖女メリアーク様、お待ちください!」
メリアークの怒声とミカエルが聖女を呼ぶ声。
悲鳴。何かが切り裂かれる音。液体が飛び散る音。
……。
雷鳴が響き、ザーーーーーッという雨音しか聞こえなくなった。
「ルーファス、貴様……うっ」
メリアークの声が途絶え、ズサッという音とビシャッという音。
「……ミ、ミカエル様……!」
ジーナの震える声が聞こえ、血の匂いを、むせるように感じた。
沢山の血が流れている。
多分、ミカエルとルーファスの血なのだろう。
でも見えない。
「ルーファス!」
四つん這いになり、手で地面を探る。
「!」
触れた指に反応があった。
この大きな手は……ルーファス!
いきなり肩を掴まれ、突き飛ばされた。
「聖女様、お待ちください! ミカエル様の治癒をしています。今、動かしてはミカエル様が」
ジーナの悲鳴が聞こえ、次の瞬間。
ズサッという音に続き、ブスッという嫌な音が長く聞こえる。
見えなかった。
でも状況から想像すると、メリアークは、ミカエルと揉み合うルーファスに攻撃を加えた。その結果、ミカエルは巻き込まれ、ルーファス共々大怪我を負った。ジーナはミカエルを助けようとした。でもメリアークがルーファスにとどめをさすのに、ミカエルの体は邪魔だった。
メリアークを止めようとしたジーナは……。
メリアークが無言なのは、きっとルーファスにより声を奪われたのだろう。だからメリアークは剣か何かを使い、三人のことを……。
勇者と魔法使いを害したのは聖女だ。
でもこれもきっと魔王ルーファスのせいにされてしまう。
ルーファスは私を助けに戻っただけだ。
伝えないといけない。
正しい情報を。
四つん這いになり、この場から離れようとした。
それは刹那の出来事。
背中の左側に、熱と鋭い痛みを感じた。
不思議だった。
両親と弟の姿が見えた。ルーファスの笑顔も見える。
みんな、無事だったのね。
黒の世界。
沈黙と静寂。