59:お願い、信じて
ルーファスのことを信じて欲しい……!
「騙すなんて、そんなはずはありません!」と私が叫ぶと、ミカエルは私の背中を優しく撫で「落ち着いてください」と告げる。
「確かに伝承で残されていますよ、元勇者ルーファスの名は。でもそれはあなたの話とは違っています。魔王ルシファーに命乞いされたルーファスは、魔王に取引を持ち掛けた。永遠の命を約束するなら、見逃してやると。そこでルシファーがありったけの魔力を使い、ルーファスに永遠の命を与えた。するとルーファスは、ルシファーを斬り捨てたのです。その瞬間、ルーファスの姿は、魔王ルシファーそのものに変貌したと」
「そんなのは嘘です。人間が魔王を倒すため、都合よく解釈しただけだと思います」
「騙されてはなりませんよ。人の心は弱い。魔はその弱さにつけ込むのです。甘言で人に取り入る。見せて欲しい未来を見せ、最後に裏切られ、絶望する顔に愉悦を覚える……それが魔王です」
圧のある凛とした女性の声。有無を言わせぬ、絶対的な重みをその言葉から感じる。
「聖女メリアーク様」
「勇者ミカエル、どうやらこのか弱き少女は、すっかり魔王に骨抜きにされてしまったようですね。村人に聞いたところ、目も見えず、一人で暮らしていたとか。年頃の女性です。魔王にとっては、都合のいいカモだったのでしょう。私から受けた聖傷を癒すのに、この少女を利用したのでしょうね。聖傷は、魔力では癒えませんから」
聖傷……聞いたことがある。聖女が魔王につける傷のことだ。魔力では治せない。聖傷を私に治癒させるために、ルーファスは私のそばにいたの……?
メリアークとミカエルの会話に、心音がより不穏な音を刻む。
ルーファスが私を利用していたなんて……そんなこと、あるはずがない。
だって彼は目薬草と大切な角を、交換しているのだから!
「私の誕生日を祝うため、ルーファスは自身の角と、目薬草を交換したのです。魔法使いと交渉して。おかげで一時的ですが、視力が回復もしました。もしルーファスが、聖女様と勇者様が言うような魔王であったら、そんな行動をとりませんよね……?」
「おーい、いたかぁ?」「いや、こっちには向かっていないと思うぞ」
ルーファスを探す、パーティのメンバーの声が、聞こえてきた。
つまりメリアークとミカエルが、沈黙していた。
「……そこまで言うのなら、試してみましょう」
メリアークが遂に口を開いた。
「聖女メリアーク様、何を試すのですか?」
ミカエルが尋ねると、メリアークは……。
「傷はジーナにすぐに治癒をさせます。そちらの少女の血を、少々利用させていただきます」
「まさか聖女メリアーク様、彼女の血を囮に使うのですか!?」
「ええ、そうです。モンスターもそうですが、魔族は血に敏感ですから。もしこの少女から血が流れていると知ったのなら……。少女が言うような魔王であれば、血を感知し、戻って来るはずです」
そんな! せっかくルーファスを逃がしたのに!
万全ではない彼がここに戻ってきても、なんの意味もない。
「ですが聖女メリアーク様、魔王がこの少女を置いて逃げてから、相応の時間が経っています。血を感知すると言っても、あまりに距離があると、とても少量では済まないのでは!?」
ミカエルの言葉に励まされ、私も必死に訴える。
「聖女様、私もその、傷をつけられるのは……怖いです。痛いのは……」
「犠牲はつきものです。パーティのメンバーはモンスターと戦い、魔王を追い、何度も怪我をしています。それでもこの世界の平和のために戦っているのです。少し血を流すぐらい、なんだと言うのです?」
いきなり手首を掴まれたと思ったら、手の平がなんだかいびつな形の布に触れていた。
「私の右胸は、モンスターに喰われました。モンスターに襲われそうになっている親子を助けた際、喰われたのです。ですがそれで、親子は助かりました。何もあなたの腕を切り落とすとは、言っていないのです。少しぐらい、我慢なさってください」
聖女の言葉に、何も言えない。手で感知した聖女の胸に、彼女の犠牲に対し、私が「怖い」「痛い」などと言えないと思った。
「聖女メリアーク様、お気持ちはよく分かります。ですが、彼女は討伐パーティのメンバーでもなく、ただの炭屋小屋の娘で」
ミカエルがそう話している最中だった。
あまりにも突然のことだ。悲鳴は、ボタッと地面に血が流れ落ちた瞬間に、ようやく出た。