58:足手まとい
ルーファスに抱きしめられ、地面の上を、何度も転がった。
「どっちに逃げた!?」
リーダーらしき勇者の声がする。
「右手に追い込むよう、爆弾は投げたぞ」
これはドワーフだろう。
「ドンキー、あなた、爆弾投げ過ぎよ。煙が消えたら進みましょう」
「投げ過ぎじゃと!? ルナ、お前さんの風の精霊の力で、煙をはらってくれればいいじゃろうが」
「力はね、魔王と対峙した時のために、温存するのよ。今日で決着をつけるわ」
エルフだ。しかも女性……。
「人間を連れています。いつものように素早く動けないでしょう。それにルナの毒矢も、翼に何本か命中しています。いくら回復力が強くても、時間はかかるはず。もう翼はしばらく使えないはずです」
冷静な分析をする男性の声。魔法使いだろうか。
「それに奴は角が片方ない。魔力の源の角が、一本しかない。簡単に倒せるはずだ。何せこっちは三つのパーティが、合流しているからな」
ドワーフの言葉に息を呑む。三つもパーティが来ているなんて! でも彼らは自分達の爆弾の煙で動けない。
だがしかし。煙で動けないのは、ルーファスと私も同じだった。
それでも濡れたタオルで鼻と口を押えながら、四つん這いで身を低くして、逃げようとしていた。でも今聞こえた魔王討伐パーティの会話から、最悪な状況になっていると理解する。
翼を毒矢で射抜かれていたなんて。
角が魔力の源だったなんて。知らなかったの? 七十八回も転生して、魔王をやっているのに。
ルーファスはどうせ私に拒絶されると思い、今の魔王としての時間を諦めていたのかな。それで角を……。
「シェナ、どこにいくつつもりですか!? そっちには、討伐パーティの連中がいるのですよ」
「!? ごめんなさい。……見えなくて」
「そうでしたね。ごめんなさい。シェナがわたしから逃げようとするわけないですよね」
逃げるつもりはない。ルーファスと一緒にいたいのだから。でもこの状況で、目も見えない私は……。ルーファスの足手まといに、なっているのでは?
「ルーファス、逃げて」
ルーファス一人なら、まだ逃げ切れる可能性があった。
「私はあの家で待っているから。今は逃げて。そしてまた会いに来て」
「シェナ……」
魔王と暮らしていたなんてバレたら、もうただでは済まないだろう。ただ、目が見えなくて魔王だと分からなかったと、そこは考慮してくれるかもしれない。
生き延びれば、また会えるかもしれなかった。
でもここで二人してダメになったら……。
「私がいると逃げきれない可能性があるでしょう。足手まといになりたくないし、二人して捕まるつもりはないわ。もう煙が消えてしまう。逃げて、お願い!」
ぎゅっと私を抱きしめ、ルーファスは私の耳元で囁いた。
「絶対に会いに行きます。翼も治して。魔力も蓄え、万全の状態で、必ず。……シェナ、愛しています」
「分かったわ。早く、行って。ルーファス、大好きよ、あなたのことが」
涙がじわっと溢れてくるし、胸がいっぱいになる。
でも泣いている場合ではない。
ルーファスが少しでも遠くへ逃げられるように。
心臓がドキドキしていた。
時間の経過は短いはずなのに、長くも感じる。
その時だった。
「待ってください。誰かいます」
魔法使いの男性の声が聞こえた。近い。
「あれは……さらわれた炭焼き小屋の、娘っ子じゃないか?」
「ビンゴ! そうよ、ドンキー。おーい、娘さん、大丈夫―?」
「ルナ、あの女の子は目が見えない。ゆっくり声掛けをしながら近づこう」
エルフの女性、ドワーフの男性、そしてもう一人、男性の声が聞こえた。
沢山の足音が聞こえてくる。
心臓がバクバクしていた。
「お嬢さん、大丈夫ですか? 僕はミカエル。魔王討伐パーティ『銀の翼』のリーダーです。どこか怪我は……」
優しい声の勇者だった。どこか怪我はないかと心配してくれている。この人なら、私の話を聞いてくれるかもしれない。
「怪我はしていません。彼はとても親切な方でした」
私が勇者ミカエルに、魔王の呪いについて話している間にも、ルーファスの捜索は続けられている。その様子が、彼らの会話からよく分かった。
「その話は……本当ですか!? あなたは、心が優しい人に思えます。騙されただけなのでは?」
優しい勇者ミカエルなら、私の話を信じてくれるかもしれない――そう思ったが。
騙された。
やはり、そう思われてしまうのか。でも諦めるわけにはいかない。