57:二人で一緒に
ルーファスの細い指が、私の唇をそっと押さえた。
「虫の声がよく聞こえますね。美しい……」
知っている。夜になると世界は黒くなるから。その分、私はいろいろな音を、心から楽しんでいた。
「シェナ、こっちに来てください」
ルーファスは私に腕枕をすると、一度だけぎゅっと抱きしめた。
「シェナ、十七歳の誕生日、おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとうございます」
「ルーファス……」
去年の誕生日。弟と二人でクラブアップルのタルトを食べた。
今年は一人で過ごすことになると思ったのに。
「ありがとうございます、ルーファス。あなたに会えて、よかったです……」
「ええ、私もそう思っています」
「ところで」
「はい?」
「来年の誕生日、私が十八歳になって結婚をしたら。その後すぐ、ノースマウンテンに向かうのですか?」
するとルーファスが、大爆笑した。
「何を言い出すのですか。せっかく結婚し、そこから新しい二人の日々が始まるのですよ。そんなすぐ心中する必要なんてないです。……そうですね。シェナがよぼよぼのおばあさんになって、天寿を全うする段階になったら、ノースマウンテンへ行きましょう。わたしはこう見えて翼がありますから。その時までは、ひっそりここで暮らしましょう。おじいちゃんとおばあちゃんになるまで、二人で一緒に」
おじいちゃんとおばあちゃんになるまでルーファスと二人で……。
それはなんて素敵な未来だろう。
それを想像すると心が温かくなり、私の瞼は重たくなった。
◇
「シェナ、起きてください!」
言われて目を開けるが、見えるのは黒い世界。
もう目薬草の効果は、切れてしまったようだ。
「!」
というか、この匂いは……。
それに熱い。
煙……?
「もう見えないですか。シェナ、落ち着いて聞いてください。家が、燃えています」
「!? ……火の回りが、早すぎるわ」
炭焼きの経験があるから分かる。見えないが、火は相当燃え広がっていると思う。でもこれは、油などがまかれていないとこうはならない。
「え、もしや放火……?」
「これで口と鼻を押さえてください」
ルーファスに渡された濡れたタオルで鼻と口を覆う。
「屋根を突き破って、外へ出ましょう」
「空を飛ぶということですか!?」
「そう。シェナのことは抱き上げますから、わたしにしっかりつかまってください」
「分かりました」
その後のルーファスの行動は早い。あっという間に私を抱き上げ、そして翼を出したようだ。バサッという音がする。本当に翼があるんだ。
「行きますよ」「はい」
その後はドーンとかバキッとかものすごい音の連続で、私はルーファスに必死に抱きつく。全身に感じていた熱さと焦げた匂いが一気になくなり、風を感じ、叫び声が聞こえる。
「いたぞ! 本物だ! 魔王だ!」
「炭焼きの娘をさらって逃げたぞ、追え、追うんだ!」
この声で理解する。
家の外で物音がした。
村の誰かが……もしかすると食料品店の息子が訪ねてきたのかもしれない。そしてルーファスの姿を見られてしまった。
ビュンという音が連続で聞こえ、鳥肌が立つ。
これは矢が飛んできているのでは!?
でも相当な高度を飛んでいるはず。
それなのにここまで矢が届くということは……。
「まずいですね。魔王討伐パーティです。エルフの矢が」
ルーファスがそう言っているそばから、ビュン、ビュンという音が連続で聞こえてくる。
「ダメです。ここだと遮るものがないので、いい的になってしまう。森の中へ降ります」
「分かりました。私、説得してみます」
「!?」
ビュン、ビュン聞こえる矢の音に恐怖を感じながら、それでもなんとか森に降り立つことができたと思った瞬間。
ボンという爆発音。
ボン、ボン、ボン。
連続の爆音に、息つく間もない。
「ドワーフもいます。爆弾が」
ルーファスが短く叫ぶ。そして――。