56:この効果が消えたら……
「魔王なのに、真面目過ぎませんか?」
「それは……仕方ないでしょう。わたしは元勇者ですから。真面目な魔王様と呼んでください」
「真面目な魔王様が孤独を感じていたように、私も独りぼっちでした。家族はみんな天に召されて。世界を見ることができない私は、この森の中でポツンと取り残されていました。もう一人で生きているなんて嫌だって思っていたら、ルーファスに会えたのです。……ルーファスは私にとって、新しい家族に思えたわ」
するとルーファスは「そうですね。わたしはシェナのお父さんです」と腕と足を組み、ため息をつく。
きっと、目薬草の効果がきれたら、もう私からはできないだろう。
だから。
隣に座るルーファスの頬に、そっとキスをしていた。
「え……」と固まるルーファスに伝える。
ガチガチに固まり、トマトのように真っ赤になったルーファスが、私に尋ねる。
「これは……シェナは……わたしのことを……好き、なのですか?」
「そうみたいです」「シェナ」
いきなり思いっきりルーファスが抱きつくので、そのままソファに倒れこんでしまう。
「ちょっとルーファス! せっかくの素敵なドレスが……、刺繍もレースも繊細ですから!」
「ごめんなさい」と言いながら、ルーファスは私を起こそうとするが、そこでガタッと大きな音がして、二人して固まる。
「外から音が……ま、まさか、モンスター!?」
「いえ、それはないと思います。モンスターの気配はないです。……念のため。ちょっと様子を見てきます」
ソファから立ち上がったルーファスを見て、実感する。
森の中のこんなポツンとした家で、女が一人で生きていくなんて、無理な話だと。しかも私は目が見えないのだ。こんな時、ルーファスがそばにいてくれることが、どんなに心強いか。
そばにいて欲しい。
魔王であろうと関係なかった。
ルーファスの優しさに、とっくの昔に私も、恋をしていた。
「特に何もなかったですよ。獣が散歩でもしていたのかもしれないですね。でも大丈夫です。いざとなればわたしが何とかできますから。獣だろうと、モンスターであろうと」
そう言って部屋に戻って来たルーファスは扉を閉め、鍵をかけると、私を見た。
「それでシェナ、今日の誕生日で何歳になったのですか?」
「17歳です」
「……17」
「!? その反応はどういうことですか!」
するとルーファスは「わたしは二十歳ですから。人間として結婚が許される年齢です。でもシェナはまだダメですね。あと一年……。わたしは……自制できるのでしょうか……」と独り言をブツブツ呟く。
「でも一年後ですね。来年の誕生日は左の角と目薬草を交換し、そして結婚しましょう」
「え、角をまた物々交換するのですか!? 痛いのに!?」
「でも角がなければ、人間に見えませんか? 角がなければ村にも行けます。それにこの角、普通は折れないですから。魔法使いにやってもらわないと無理です。丁度いいと思います」
そう言うとルーファスは「寝ましょう。ドレスを脱いでください」と、あっという間にドレスを脱がしてしまう。そして代わりにいつもの白い寝間着を着せられた。
「はい。終了です。どうぞ、ベッドでお休みください」
ルーファスに追い立てられ、ベッドに潜り込む。するとルーファスが明かりを消した。
「ねえ、ルーファス」
「なんでしょうか?」
「一緒に寝ませんか」
「え!」
きっと明かりがついていたら、真っ赤になったルーファスの姿を、見ることができただろう。
「変なことはなしですよ。ただ一緒に寝たいだけです。だって今、月明かりに照らされているルーファスの顔が、見えているから……。明日の今頃はもう、見えないでしょう。月光に照らされたルーファスは、彫像みたいに美しい。そばで見たいのです。眠りに落ちるその時まで」
「なるほど。お安い御用……と言いたいところですが、わたしの精神力が試されますね」
そう言ったルーファスだったが、私が壁に寄ると、ゆっくりベッドへ潜り込む。ベッドがミシッと音を立てるので、壊れないかと一瞬不安になる。
「来年はベッドを新調しましょうか。二人で休むには小さいですし、耐久性も心配になります」
「た、耐久性……!?」
するとルーファスの細い指が、私の唇をそっと押さえた。