54:そんなことできません
魔王なのに。
ルーファスは「モンスターを使役していない」と言い出した。
信じられなかった。
魔王と言えば、モンスターはセットぐらいに思っていたのに。
「モンスターに襲えとは命じていなくても、人間を襲いますよね。魔王なのに制御できないのですか、モンスターのことを!」
「そうですね」
「な……!」
「モンスターに対し、魔力を使い、縛りをかけることはできます。でもそれは永続的なものではないのです。それにモンスターにも本能があります。人間がお腹が減るように、モンスターもお腹が減るのです。人間が、魚や牛を食べるような感覚なのです、モンスターが人を襲うのは。だからといってそれを正当化するつもりはありません。人が襲われる姿なんて、わたしだって見たくないのです。よってモンスターと遭遇すれば、倒すようにしているのです」
なんて人間的なの……? 魔王なのに。
かなり変わっている……と思う。
でもモンスターについては理解できた。魔王と言えど、永遠にモンスターを魔力で制御することはできない。ゆえにモンスターが本能で人間を襲う場合、いくら魔王でもどうにもできない……。
「人の住処を焼き討ちしたり、虐殺したり、強奪したりはどうなのですか?」
「わたしがやったという証拠があるのですか?」
「えっ……」
「盗賊や山賊、人間の犯罪者がやった罪も、魔王という存在ができてからは、すべて押し付けていないですか? 魔王に罪をなすりつけ、法の目をかいくぐり、のうのうと生きている犯罪者がいる。魔王を討伐する。それも必要なことでしょう。ですが身内の洗い直しも、した方がいいと思います」
それを言われると……。
「あれは魔王の仕業だ!」となれば、皆、黙り込み、悔しがり、諦めるしかなかった。それに魔王のせいだと分かると、ろくな捜査も行われない。
「確かにあなたの言うことは一理あります。……そうやって魔王に罪を押し付けるから、嫌になってしまったのですか? 魔王として何度も転生することが」
ルーファスは「魔王なんてやめたい。死んで消え去りたい」と言っていた。
「それも理由の一つです。やってもいない罪を着せられるなんて、誰だって嫌なことでしょう? それにわたしは特に、正義感が強い人間だったのですから」
「!? 正義感が強い!? 魔王なのに!? しかも“人間だった”とはどういうことですか?」
ルーファスはソファにもたれ、遠い日を思い出すかのように宙を眺めている。そしてゆっくり口を開く。
「わたしはかつて魔王討伐パーティでリーダーを務め、そして魔王を確かに倒しました。魔王ルシファーを。ですが、倒したその瞬間。命を絶たれるその寸前に、魔王ルシファーはわたしに呪いをかけたのです。『コランダムの心臓』の呪いを。その時、わたしは勇者ルーファスの姿から、ルシファーの姿に変わっていたのです」
これにはもう驚きしかなかった。魔王が元々は人間だった!? しかも元勇者!? 魔王に呪いをかけられたなんて……。
「千回も魔王をやるなんて。悪夢です。懸命に調べました。必死に。『コランダムの心臓』の呪いについて。解決方法は、ないわけではなかったのです。ただ、難易度が非常に高いものでした」
ルーファスは天を仰いだ。
「魔王であるわたしを、ありのままのわたしを愛し、その上で共にノースマウンテンの噴火口に飛び込んでくれる、人間の女性が必要だと分かりました。どんな武器でも壊れない『コランダムの心臓』ですが、大地の炎と共に溶けます。呪いは愛の力で解けるのです。なんてふざけた解決方法! 魔王を愛する女性なんて、いるわけがないのに。しかも共に噴火口で心中なんて……。まだ転生して七十八回目。これがわたしの正体です」
隣に座るルーファスを見て、何か言葉をかけたいと思う。でも言葉が見つからない……。こんな悲劇があっていいのだろうか? 魔王を倒した勇者は、王様から褒美をもらえ、美しいお姫様と結婚し、ハッピーエンドではないの? 両親が聞かせてくれた童話では、みんなそうだった。そんな最後の最後で呪いをかけられ、勇者が魔王として生きなければならないなんて。しかも千回!? 解決策もひどすぎる。火山の噴火口で心中だなんて。
「仮に愛する人ができて、二人で心中してどうなるの? 二人して転生できて、今度はただの人間として結ばれたりするのですか?」
「『コランダムの心臓』は溶け、呪いも解けるので、わたしは今度こそ、ただの人間として転生できると思います。相手の女性も……そこまで協力するのです。主が見捨てなければ、転生できるはず。ただ、お互いに転生できても、再会できる保証はありません。でも何十年、何百年、何千年かかっても。そこまでした二人なら、出会えると思っています。わたしは」
主は、乗り越えることができる人間に、試練を与えると言うけれど……。ルーファスに与えられたのは……試練というより、仕打ちにしか思えない。
「というわけでこの話を聞いた上で、『あなたを愛するわ』なんて言えるわけがな」
「どうして、目薬草を使ったのですか?」
「それは……せっかくの誕生日です。素敵なドレスを着たら、見たいでしょう、自分の姿を」
「違います!」
ぴしゃりと言うと、ルーファスは首を傾げる。
「私は目が見えないのです。だったら騙しきることもできたのでは? ありのままのルーファスのことを愛させることもできましたよね? そのまま噴火口まで連れて行って、気づいたら心中していたことにもできたのでは?」
「できるわけありません」
「どうしてですか?」
「好きな女性を騙すなんて、そんなことできません」