50:クラブアップル
行き倒れた人間を助けることになった。
三日間眠り続け、四日目の朝、その男は目を覚ます。そして私を見て「どういうことでしょう?」と尋ねられた。どうもこうもない。いつも利用する川の側で倒れていたので、助けた。気絶しているだけかと思ったが、あちこち怪我もしている。薬草を塗り、治療の真似事をしたのだと答えると……。
「そうですか。あなたは……目が見えない。だからわたしのことも助けたのですね」
その通りだった。
「私は目が見えないので、あなたが他の人間とどこか変わっている気がしましたが、気にしないことにしました。回復して良かったですね。あなたのことを、詮索するつもりはありません。どうぞ出て行っていただいて構いません」
そう言って朝食の用意を始めようとしたら、その男は「私の名はファウスです。あなたの名は、なんというのですか?」と聞かれ「シェナ」と名乗ると、「シェナ、あなたには世話になりました。世話になった分の恩を、返させてください」と言われた。
特に見返りを求めるつもりはなかったが、男手があると、助かるのは事実。いつファウスが出ていくか分からないが、いるうちに木を伐ってもらおう。
こうしてファウスとの共同生活が、始まった。
◇
「シェナ、あなたはまるで、目が見えているかのようです。よくわたしがりんごを食べたことに、気づきましたね」
「当たり前です。このクラブアップルは、この日のためにとっておいたのですから。ちゃんと毎日、数も確認し、鳥よけもしていたのです」
「それで、どうしてこのクラブアップルにこだわるのですか?」
それは……今日が自分の誕生日だったからだ。私の誕生日に母親は、物心ついた時から、クラブアップルのタルトを作ってくれた。今年、初めて迎える家族のいない自分の誕生日。それでも毎年の習慣は、変えたくない。
村でタルトを作るのに必要な材料を揃え、クラブアップルのタルトを作るつもりだった。そのことを話すと……。
「クラブアップルのタルト。そんな甘い物を、この家で食べられるとは思わなかったですね」
ファウスはそう言うと、村へ行く準備を手伝ってくれる。
森にいる時に着ている服より、少しましな、ラズベリー色のワンピースを着て、薄手のローブをはおった。
春に行き倒れているところを助けたファウスとは、もう半年一緒に暮らしていた。三日間世話になったから、三日間、木を伐ったら、いなくなると思ったのに。ファウスは家に居続けて、今ではすっかりどこに何があるかを把握し、同居人になっていた。
「はい、杖です。気をつけて」
「……ファウスは村へは行かないのですか?」
「わたしは遠慮しておきます。他にやることもありますから」
家を出て私は、森の外へ向かう。ファウスはどうやら森の奥の方へ、歩いて行ったようだ。
ファウスはどうも人目を避けている。
村には一度も一緒に行ったことがない。
いつもフードを被り、頭を隠すようにしている。
それはこめかみの何かを隠すためだろうと、見当はついていた。
さらに夜中、時々、家をあける。
でも朝になると戻ってきていた。
何をしているのかは、分からない。
元々赤の他人。お互い詮索はせずにいるから、半年。
ファウスはこの家にいるのだと思う。
貴重な男手だ。
木を伐ってもらえるのだから。できればまだまだ一緒にいてほしい。
だから私はファウスに何も聞かず、一人村へと向かった。
食料品店で砂糖を購入すると、店主のおばあさんは「シェナ、あんたもしかして誕生日なのかい?」と尋ねられた。私達家族が砂糖を買うなんて、滅多にない。砂糖は高級品だ。砂糖を買う=家族の誰かが誕生日だと、この店主のおばあさんには、とうの昔にバレていた。素直に「誕生日なのでクラブアップルのタルトを作る」と打ち明けると……。
「あんたさ、一人でよく頑張っているよ。今日で十七歳かい。おめでとう、シェナ。これはサービスでつけてやるよ」
おばあさんは、街で有名な紅茶専門店の茶葉を、プレゼントしてくれた。「クラブアップルのタルトにあうよ」と言って。さらに店に出る間際に、こう声を掛けてくれた。
「そろそろ木が足りなくなるんじゃないかい? 木を伐る必要があるなら、息子を手伝わせるからさ。遠慮せずに言いなよ」
「はい、ありがとうございます」