49:失われた光
「シェナ、大丈夫だ。例え目が見えなくなっても、父さんと母さんがいるから、大丈夫だよ」
そう両親は言っていたのに。
最初にいなくなったのは父親だった。
私達家族は森の中に住んでいた。
父親は炭焼き職人。
森の中で木を伐り、炭焼き小屋で炭を作り、村へ売りに行っていた。
母親は私と弟を育て、内職で籠などを作り、それは炭と一緒に村で販売している。
余裕があるわけではない。でも日々の食べ物には困らず、なんとか家族四人が暮らしていける生活を維持していた。本当は私が家族を支える力になれたらよかったのだけど。生まれた時から目が悪く、八歳になる頃には、世界は白い光のようにしか見えなくなってしまった。
瞼を閉じ、夜であれば黒い世界。
昼間、目を開けていると、白い世界。
ぼんやり人影のようなものが見えることもあるが、基本的には白くしか見えない。
でも八年間の猶予があった。だからいろいろな物の位置を覚えた。籠の作り方も習得し、食べられる木の実や草の区別もつけられる。炊事も洗濯も。竈に火をいれることもできた。両親がちゃんと教えてくれたのだ。
それに両親は自分達がいるから、目が見えなくなっても問題ないと言ってくれて、その言葉を私は信じていた。でも父親はある日突然、木を伐りに行ったまま、帰らなかった。近くの山で山賊が出ると噂になっており、多くの村人が害された。父親もきっと……そう母親は言っていたが。
父親がいなくても、日々を生きていかなければならない。
母親は村人の手をかり、木を伐り、炭を焼き続けた。私は母親に代わり、籠を作った。弟は炊事を覚え、家事を手伝う。
親子三人の時間が流れ、私が十五歳、弟は十歳の、間もなく春になるという冬の夜。
家にモンスターが現れた。
弟と私は屋根裏部屋に隠れることができたが、母親は間に合わなかった。一睡もできず、朝を迎え、一階に降りた。弟は母親の無残な姿を見て、号泣し、嘔吐したが、私には見えない。
「姉ちゃんは見ないでよかったよ。僕は一生、忘れられない。あんな姿になってしまった母さんのことを」
こうして両親は約束をはたせず、弟が私の目となり、助けてくれていたが……。
ある日、村に籠を売りに行った弟が帰ってこない。翌日、村人が家に来て教えてくれた。貴族の馬車にひかれ、弟は亡くなったと。弟をひいた貴族の馬車は、そのまま轢き逃げして、どこかへ行ってしまったと。
弟はとてもヒドイ姿になっていたというが、私には見えない。村人の助けを得て、なんとか葬式をすませ、森の中の家へ戻ると……。
もう、絶望しか残っていなかった。
家族はみんないなくなり、私はこの世界を見ることができない。
何を楽しみにして生きていけばいいのか。
私も家族のところへ行きたいと思っていたが……。
ただ空気を吸って家の中にいるだけで、お腹がすく。
このまま何も食べずに儚く……なんてことはできない。
猛烈な空腹は抑えられず、雪解けと共に顔を出す山菜を摘みに行った。
そこで行き倒れている人に出会うことになるとは、全くの想定外。
最初は足に何かあたり、誰かいる、と思った。
跪いて触れると、人の形をしている。息をしているのか、脈があるのか、確認をした。
生きている。気を失っているだけだ。
状態を確認した時、こめかみになにか角のようなものがあったが、手で触れる鼻や口、閉じられている瞼といい、どう考えても人間だった。少し変わっている。でも変わっているというなら、私も同じだろう。
さらに確認を続けると、髪は長いが、手の大きさ、腕などの筋肉の様子から、大人の男性だと分かった。焼いた炭を運ぶのに使っていたソリにのせ、家まで連れ帰り、看病をした。気を失っているが、怪我をしていることにも気づいたのだ。
なぜ見知らぬ男を家に運び、助けることにしたのか。
深い理由はない。ただそこに山があれば上るように。目の前に行き倒れている人間を見つけてしまった。どこか異質な存在に、自分との共通点を感じたということもあり、助けてみることにした。それだけだった。