46:あなたが大切なのです
エントランスに馬車が到着したので、オルゼアと二人、乗り込んだ。
聖女……クロエのことをオルゼアに話したいが、彼は馬車に乗る直前まで、マリナの両親と話をしていた。オルゼアは、一つ目の棺の前で片膝を大理石の床につけ、跪いた。そして青白い顔になり、白い百合を棺へ納めたのだ。さらに立ちあがった彼の額には汗が浮かび、少し震えてさえいた。その様子にマリナの両親が気付き、自身の娘にオルゼアが何かしら特別な感情を持っていたのではと考えても……おかしくはない。
正直、霊廟襲撃事件の直後、命を落とした者の情報を知った時。オルゼアは今日のような反応を示すことはなかった。舞踏会でもいつも通り……いや、ダンス前後は少しおかしかった。でもそれ以外で、悲哀の感情を示すことはなかったと思う。
ただそれは、聖皇として、自身の感情を制御していただけかもしれない。
本当は悲しくて、悲しくて、悲しくて。胸が張り裂けそうだったのかもしれない。それがあのセレモニーの場で、我慢の限界を迎えた。もしそうならマリナの両親と話すことで、表面的には普通にしていても、その内面では血の涙を流している可能性もある。
そんな想像をすると、先程忘れることにした複雑な感情が、再び沸き上がりそうになってしまう。今はこの感情は不要。考えないの、私!
深呼吸を何度かして、気持ちを集中させる。
悲しみに沈むオルゼアに、クロエの話をしてもいいものなのか。
「レミントン公爵令嬢」
「は、はいっ」
考え込んでいる私に、オルゼアが話しかけてきた。
「少し、神聖力について話してよいでしょうか」
「勿論です」
突然、神聖力について話すと言われ、戸惑ったものの。無関係な話をすることで、悲しい気持ちが紛れるのかもしれない。マリナ喪失の悲しみが、それで少しでも癒えるならばと、聞くことにした。
「神聖力は、怪我人や病気の方に使えば、それは怪我や病気の回復に使われ、それで相殺となります。でも健常者に使うと、神聖力が体の中に、ある程度の時間残るのです。どれぐらいの時間残るかは、その人の体質や神聖力との相性もあり、変動するようなのですが」
「そうなのですね。それは知りませんでした」
「当然です。これを話すのは、あなたが初めてです」
いきなりそんな秘密を私に打ち明けるなんて! いろいろな意味で、ビックリしてしまう。もし私が悪人だったらと、考えないのかしら? この情報を元に、ありったけの神聖力を私に使えと脅すことを、想像しないの!?
「レミントン公爵令嬢が、わたしのパートナーとして過ごしている間、何が起こるか分かりません。ですから今後、わたしと別行動をレミントン公爵令嬢がとる時は、神聖力を使わせていただきますね」
私が悪人などと想像せず、私を守ることを考えてくれるなんて……!
「病人でも怪我人でもない私に神聖力を使うなんて、勿体ない気がするのですが。それに私は魔法使いですから。多少の」「レミントン公爵令嬢」
私の発言が終わらないうちに、オルゼアに名前を呼ばれてしまった。
「あなたが大切なのです。心から」
オルゼアの銀色の瞳は、真剣そのもの。
さらにその言葉は、普通に私の心臓をドキドキさせるもので、全身が熱く感じてしまう。もしやマリナの一件もあり、オルゼアは過敏になっているのかしら……?
「それにわたしのパートナーに何かあったら、聖皇としての名誉にも関わりますから。他にも理由はあります。まず……」
私が心臓を震わせ、オルゼアを見上げると、彼は先程の勢いからは一転、顔がかなり赤くなっている。それを見ると、ますます私もドキドキしてしまう。そんな私を見たオルゼアの瞳が、熱く潤んでいるように感じる。
二人してこんなに照れあって、どうなってしまうの……!?
「とにかくそういうことですので、あなたには神聖力を使わせていただきます」と、オルゼアは最終的にまとめた。
確かにオルゼアのパートナーである私に何かあれば、それは聖皇としての名誉に関わるだろう。ここは彼の好きにやらせた方がいいはず……そう思える。よって私も「分かりました。ご配慮に心から感謝します」と応じた。
そこで沈黙ができてしまった。そこで私は思い切ってクロエの件を、話すことにした。マリナの件で、悲しい気持ちはあるのかもしれない。それでも私に配慮できるぐらいの心の余裕があるならば。霊廟襲撃事件のことも、話してもいいだろうと判断した。
ちなみにフォンスやトッコの知り合いの魔法使いの情報として、霊廟襲撃事件に聖女が関わっているかもしれないことは、オルゼアにも既に話している。よってクロエの件も、スムーズに話すことができた。
いまだ師匠のことを伏せているのは……師匠の存在を知ることで、オルゼアが魔王ルーファスの記憶を取り戻すかもしれないという不安があるためだ。
こうして私からクロエの件を聞いたオルゼアは、腕と足を組んで、大きく息をはいた。
「……なるほど、聖なる力を感知されたのですね……。わたしは別件で気をとられていたようで、見落としていました。レミントン公爵令嬢やフォンス殿が気づくことができ、良かったです。でもまさか側妃があの襲撃に関わっているなんて……。国王陛下に報告しにくいですね」
「そうですね。現状、クロエ妃殿下が聖女であることを知るのは、フォンス、トッコ、聖皇様と私だけです。迂闊に話せる内容ではないですし、本人から事情も確認したいと考えているので」
「今日、お茶会の場で、彼女と会えるのは大きいですね。しかしまだ十歳になったばかりの側妃を巻き込むとは……。真犯人は目的のためなら、誰でも利用するのですね。聖女を利用してまで、真犯人は誰を狙っているのでしょうか……」
クロエを呼び出し、とっとと話を聞きたいところだが、そうもいかない。魔法を使い、すぐにでも核心に迫りたいが、複雑な身分関係や政治的な背景もあり、それもできず。そうしている間にも真犯人が、何かしないか心配にもなる。
歯がゆいがこの件について考えることを一旦止めた私は、あることを思い出す。
「そういえばセレモニーの最中に、ライト副団長と一瞬、お話をされていましたよね? あれは何かあったのですか?」
私の問いに、オルゼアはため息をつく。
「ええ。ありました。端的に言えば、わたしの命を狙う暗殺者も、あのセレモニーの場にいた可能性が浮上しています。王城はまさに伏魔殿です」
「それはどういうことですか!?」
「詳しいことは、側妃以上に機密にしたい事項なので、話すことができません。誤解しないでくださいね。レミントン公爵令嬢を、信頼していないから、話せないわけではありません。ただ、危険過ぎるのです。あまりにも真相に迫りすぎると、あなたまで危険にさらすかもしれないので」
これもやはり、マリナの一件を踏まえた結果なのだろうか。気になる……。しかしオルゼアの真面目な性格からして、話さないと決めたなら、無理して聞き出すことはできないだろう。
「この王都に滞在中に、霊廟襲撃事件の真犯人に辿り着けるのか、わたしを狙う暗殺者について、何か情報を得ることができるのか。それは……分かりません。どのような結果であれ、西都でわたしの帰りを待つ人がいるのです。よって建国祭が終われば、王都を去ることになります」
そこでオルゼアは自身の体の向きを変えた。
アイスブルーの美しく長い髪が、サラリと揺れる。
「西都のレミントン公爵家の屋敷に送り届けるまで、あなたを守ると心に決めています。決めていますし、その後のことでも、ご相談したいと思っているのです。ですから、くれぐれも無理や無茶はしないでくださいね」
改めてという感じで、私のことをじっと見るオルゼアは……。
なんだかその銀色の瞳がやけに情熱的に感じられ、困ってしまう。
「わ、分かりました」と答えるので精一杯。
だが丁度よくそこで、聖皇庁の出張所という名の大邸宅に到着した。
すぐに部屋へ戻り、昨日、リクエストがあったアメシスト色のデイドレスに着替える。
身頃からスカートの裾にかけ、白から濃いアメシスト色にグラデーションしているドレスは、オーバースカートがまるで薔薇の花びらを重ねたかのよう。しかもベルベットのような上質の触り心地。本物の薔薇の花びらに触れているみたいだ。宝飾品は、アメシストのネックレスとイヤリングをつけ、髪はハーフアップにした。
アナベルのお茶会も、このドレスで行くなら間違いないだろう。
でもまずはオルゼアと昼食だ。
昼食をとるためにダイニングルームへ行くと、アメシスト色のセットアップ姿のオルゼアが待っていてくれた。白シャツにタイは濃い紫。ベストは葡萄の模様を織り出したシルクのブロケード。
オルゼアのアイスブルーの髪と銀色の瞳に、アメシスト色はよく似合っている。
「レミントン公爵令嬢、そのドレス、わたしの予想以上によく似合っています。瞳の色とお揃いなので、本当によく映えますね。実に美しいですよ……」
それを言うならオルゼアも!ということで、なんだか昼食の時間は、これまで以上に楽しかった。
お読みいただき、ありがとうございます!
どうなってしまうのか気になると思うので、本日もう一話公開します~!