44:ここに犯人がいる
翌日の追悼セレモニーは、建国祭の最中でもあったため、霊廟襲撃事件の関係者のみで、ひっそり行われることになった。
服装についても黒ではなく、白や明るいグレーが推奨された。
オルゼアはこのセレモニーで、祈りの言葉を捧げることになっている。よって純白のローブを着て聖皇冠を被ると聞いていたので、私も白のドレスを着用した。シンプルなドレスだが、身頃や裾に繊細な刺繍があしらわれている。
追悼セレモニーの会場となったのは、奥離宮。庭園の奥深くにある、隠れ家的に存在している離宮だ。常緑樹に囲まれた白亜の奥離宮のホールには、装飾として美しいステンドグラスが飾られている。そこに、黄金の飾りと王旗をかけられた真っ白な棺が五つ、安置されていた。棺の周囲には白い薔薇、白い百合、かすみ草が置かれている。そしてその棺の前には、白いファブリックが張られた椅子が、ズラリと並ぶ。
ヒュドラーとの戦闘で命を落とした兵士や騎士については、既に遺族に対し、多大な手当と二階級特進の手続きがなされているという。ただ、追悼の儀は後日行われることになっていた。今は建国祭の最中ということで、王族とその護衛騎士の追悼セレモニーのみが、取り急ぎ行われることになった。
こうしてこの追悼セレモニーには、霊廟襲撃事件の関係者が、騎士や兵士を含め、全員が揃うことになる。
それはつまり、ここに犯人がいる可能性が高い。そして実は国王陛下も、犯人がこの追悼セレモニーの場にいる可能性を考えていた――ということは、ライト副団長が教えてくれたのだ。昨晩、エントランスホールで会った時に、霊廟襲撃事件の進捗として教えてくれた。
建国祭の前日に、建国王とその王妃の霊廟で儀式を行うことは、公にされていることではなかった。何せ出席者も限られ、建国王の霊廟は、一般開放されているものではなかったから。よってそんな場で悪さをできるとなると、当日、あの霊廟にいた者が怪しくなる……というわけだ。
それを踏まえ、ライト副団長を含め、限られた近衛騎士達が、注意深く見守ることになっていた。このセレモニーの最中に、誰か怪しい動きをしないかと。
ちなみにこの件は、聖皇にも話していいと言われていたので、勿論、オルゼアも知っている。加えて私は師匠からの話で、聖女が関わっている可能性も考慮する必要があった。
そこでこの奥離宮のホールに、検知魔法をかけていた。魔法、神聖力、聖なる力、エルフの力などを、検知できるようにしていたのだ。
つまりもし犯人がこの追悼セレモニーで怪しい動きをすれば、それはすぐにバレるということ。果たして犯人が動くのか……。動かない可能性も、多分にあった。どう考えても警備体制が強化されていることは、犯人だって分かっているはず。よってここで犯人の尻尾を掴むのは、難しいかもしれない。だが可能性は、ゼロではない。
ということで表向きは厳粛な雰囲気の中、神妙な面持ちでセレモニーの場に足を運んだわけだが。一部の人々……私も含め、ライト副団長やオルゼアは、神経を研ぎ澄まさせることになる。犯人が何かするかもしれないことを踏まえて。
こうして皆が椅子に着席すると、国王陛下が入場し、セレモニーの開始を告げた。続けて国王陛下は、今回亡くなった五人についての紹介も行う。それが終わると、オルゼアの出番だった。祈りの言葉が捧げられる。
オルゼアの言葉は胸に響き、すすり泣きが漏れた。
続いては、空の棺に、その周囲に置かれた花を入れる儀式だ。本来、棺の中に故人の体が安置されており、そこに用意されている花を飾る。だがヒュドラーの毒の万一を恐れ、遺体は既に埋葬済み。ゆえに棺の中は、事前に予告されていた通り、空だ。
閉じられていた棺を開け、最初の花を捧げるのは、オルゼアだったが……。
閉じられた棺を開ける行為自体が、神聖なものと見なされていた。そしてこの棺には、本来王族の遺体が安置されているはずだった。ゆえに聖官ではなく、聖皇自らが開け、最初の花を棺に納めることになっている。
この棺に花を入れる儀式。
実は犯人を検知できるとしたら、ここなのではないかと、私は考えていた。それは聖なる力を検知するのではなく、不自然な行動を検知するということだ。ヒュドラーの毒で三人の王族と彼らの近衛騎士二名が亡くなったのは、犯人からすると、不慮の事故だったと思うのだ。
ゆえに「すまなかった」「馬鹿な奴め」「自業自得」のような反応を、犯人が示す可能性が考えられた。よって自分が棺に花を入れる時以外は、しっかり花をいれる人々を観察しようと思っていた。
私が決意を新たにした時、棺に花を入れる準備が整った。
つまり棺にかけられた王旗をはずす作業が完了し、オルゼアが一つ目の棺を開けることになる。
急遽用意されたオルガンと合唱団が、セレモニーをあわせた優しい音色と歌声を響かせていた。ゆっくり一人目の棺を開ける――スライド式で開閉可能だった――と、オルゼアはまるで騎士のように、片膝を大理石の床につき、跪く。
通常は立った姿勢のまま行うので、このように跪くのは珍しい。稀に深い悲しみで立っていることが不可能となり、すがるように崩れ落ち、それを周囲の人々が支えることはある。でも今、オルゼアは号泣しているわけでもなく、ただ静かに跪き、白い百合を棺に入れようとしている。
急に跪いたからだろうか? オルゼアの顔色が青白く感じる。だがゆっくりとした動作で白い百合を棺の中へ入れ、祈りを捧げ、落ち着いた様子で立ち上がった。
立ち上がったその顔を見ると、額に汗が浮き出ているように思えた。少し、震えているようにも感じる。
どうしたのかしら?
ライト副団長が駆け寄り、何やら声をかける。二人は周囲に届かない小声で会話を行い、オルゼアは次の棺へ移動し、ライト副団長は白い百合がいれられた棺を確認している。オルゼアは先ほどと同じ動作で、今度は白い薔薇を棺にいれていた。ライト副団長は、そのまま自身がいた位置へ戻る。
すべての棺を開け、最初の一本目の花をオルゼアが入れ終えると、国王陛下から順番に、花を入れていくことなった。その頃にはオルゼアの様子は、通常通りに戻っている。顔色もいつも通りで、額に汗もなく、震えている様子もなかった。
緊張でもしていたのかしら? もしくは……。
一人目の棺は、王位継承者としては第十五位の、王大姪のマリナだった。美しい方だったが、気難しいことで知られ、三十歳でも独身。メイドや従者が頻繁に入れ替わることから、虐待をしているのではと噂される人物ではあったが……。もしやオルゼアは、好意を持っていた……とか?
まさかとは思うが、オルゼアは慈悲深く優しい。オルゼアなら、マリナのその気難しい気質でさえ、自身の穏やかな気持ちで受け入れることができそうだ。そんなオルゼアのことを、マリナも実は気に入っていて……。
もしそれが正解なら……。
なんとも言えない気持ちになる。今のオルゼアに私は、好意を覚えていた。でも魔王ルーファスの記憶を、オルゼアが取り戻したら……。複雑な気持ちをオルゼアに抱いている中、彼が心を寄せていた女性がいたというのは……。なんとも言えない気持ちが沸き起こる。
つい余計なことを考えてしまったが、棺に花を入れていくセレモニーは進んでいる。第二王妃のアナベルが、第二王女マヤと手をつなぎ、一人目の棺へ向かった。マヤは、一輪の花をいれるだけでは足りないと思ったのだろう。両手に花を沢山掴み、棺へ入れようとして、アナベルに止められている。
なんだか微笑ましい。
アナベル達の後ろには、側妃が続いているが、三番目の側妃クロエは、なんだか顔色がとても悪かった。クロエは、海に浮かぶ人口がわずか一万人という小国の姫君。年老いた彼女の祖父である現国王は、アウラ王国の属国になることを望んでいた。そこで孫であるクロエを国王陛下に嫁がせた、いわゆる政略結婚。この国には、三年前にやってきたという。
まだ十歳で、国王陛下も結婚相手とは思えず、クロエのことを自身の子供のように思っているとのこと。文字通りのお飾り側妃で、完全な白い結婚。でもそれが仕方ないと思える幼さだったが……。
一人目の棺にかすみ草を入れた時、強く祈りを込めたからだろうか。彼女から力を感じた。聖なる力を。
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