42:建国祭記念舞踏会
舞踏会の会場となる、大ホールがある宮殿に、到着した。
さすが建国祭記念舞踏会。
エントランスは、馬車渋滞だ。みんな馬車は御者に任せ、エントランスの手前で降り、移動を開始している。オルゼアと私も馬車を降り、彼のエスコートでまずはエントランスホールへ向かう。
エントランスホールも人・人・人。
これだけ人がいたら、オルゼアも目立たない……と思ったが、そんなことはない。彼は長身であり、その神聖力ゆえの隠し切れないオーラを持っていた。さらにはその秀麗な顔立ちが、人目を引いてしまう。
「あ、聖皇様!」の一声が合図となり、わらわらと人が集まってくる。こうなるともう、大ホールが遠くに感じてしまう。まるで亀のような速度で進むことになる。
エントランスでの混雑を見込み、開始時刻に余裕を持ってきたわけだけど。舞踏会の会場となる大ホールには、かなりギリギリでの到着になってしまった。
ともかく到着して間もなく、今日のこの舞踏会の主催者である国王陛下夫妻が入場し、開会の挨拶がなされた。最初のダンスが行われ、人が動き出す。
ダンスに誘うご子息、誘われるご令嬢。社交にいそしむベテラン組。各国の代表は外交で忙しい。
オルゼアもすぐに取り囲まれ、今日の建国祭のセレモニーのことや神聖力の話を振られている。しばらくは彼の隣に立ち、ニコニコとしていたが……。やはり私が隣にいるのは、邪魔だと思う。
飲み物を取りに行く口実で、オルゼアのそばを離れるが、ちゃんと聖騎士が護衛でついてくれる。隣室で飲み物を手に入れ、人が少ない場所を探そうとしたまさにその時。何かがぶつかった。
腰より低い高さのテーブルなんて、あったかしら?と思うと「ごめんなさい!」の声と「お嬢様!」の声。見ると落ち着いたアプリコット色のドレスを着た女性、そのそばに幼い少女。十歳ぐらいだろうか。あざやかなレモンイエローのフリルとリボンが沢山ついたドレスを着ている。髪飾りや襟飾られた宝飾品は、模造宝石ではなく、本物のジュエリー。かなり高位な身分の少女と分かった。
「レミントン公爵令嬢様、た、大変申し訳ございません! 私が目を離してしまい……。そのドレス、お詫びをさせていただきます。私はマヤ・ゼナ・アウラ第二王女様のはとこのジェーン・H・パーセルと申します。聖皇様のパートナーに、大変失礼しました!」
パーセルといえば、名門公爵家。その公爵家のジェーンがお嬢様と呼ぶ少女……つまり、この幼い少女は第二王妃のアナベル様のお子様ね。 そしてドレスの汚れ。自分の着ているドレスのスカートを見てみる。確かに、第二王女マヤの丁度背の高さと重なる辺りに、クリームがついている。
さらに周囲を確認すると、床にケーキが転がり、マヤの手にはお皿とフォーク。すぐにメイドが駆け寄り、私のスカートについているクリームをふき取ってくれた。
「お気になさらないでくださいね。マヤ第二王女様こそ、ぶつかった際に、お怪我などありませんか」
なるべく優しい声でマヤに話しかけると、マヤは震える声で応じる。
「ご、ごめんなさい。マヤは大丈夫です……」
「まあ、マヤが何かご迷惑をおかけしてしまったかしら?」
ドレスはクリーム色とシンプルだが、ネックレスとイヤリングの宝石がとても大きく、眩しい! ゴールデンブロンドの髪もシャンデリアの明かりを受け、キラキラとしている。これは間違いない。第二王妃のアナベル!
国王陛下より一回り年下で、三人いる側妃の中で一番美しいと言われている。今回、様々なセレモニーで顔を合わせ、挨拶はしているものの、じっくり会話はしていない。大人しい方だとお聞きしているが……。
「アナベル王妃殿下、こんばんは。ちょっとしたハプニングがあっただけです。問題はございません」
「あら、あなたは聖皇様のパートナーのレミントン公爵令嬢ね。ジェーン様、何があったのかしら?」
パーセル公爵家のジェーンから事情を確認したアナベルは「マヤ、気を付けないとダメでしょう。晩餐会でお腹いっぱい食べたのに。まだデザートを食べようとするなんて。食いしん坊さんね。ジェーン様、いくつかデザートをとったら、もう王宮に連れていってくださいますか? お部屋で召し上がりなさい」と、マヤとジェーンに伝える。二人はおとなしく、アナベルの指示に従った。
「レミントン公爵令嬢、素敵なドレスを汚してしまって、本当にごめんなさいね。弁償させていただきますわ」
「いえ、問題ございません。汚れと言ってもたしたものではございませんから」
しばらくアナベルと「お詫びしますわ」「大丈夫ですよ」と問答を繰り返したが……。
「ではレミントン公爵令嬢。明日の午後、お茶にお誘いしてもいいかしら? 堅苦しいお茶会ではないの。明日は建国祭の期間中ですが、中日で予定がないでしょう。……午前中は追悼セレモニーがありますが。気心の知れた貴族の皆さんとの、少人数のお茶会ですのよ」
そう言うとアナベルは、自分の周囲にいる数名のマダムを見る。彼女を取り巻くように、見るからに上品な貴婦人数名が私を見て、微笑んでいる。第二王妃ともなると、常にそばにお気に入りのマダムがいるのは、当たり前。
「明日のお茶会には、マヤも同席しますのよ。レミントン公爵令嬢が来てくだされば、あの子も喜ぶと思いますわ。ぜひいらしてくださらないかしら?」
オルゼアに確認した方がいい……? 彼のパートナーとして、ここに来ているのだから。とはいえ、第二王妃であるアナベルのお誘いを断るという選択肢は……ないとも思いつつ、返事をしようとしたまさにその瞬間。
「アナベル王妃殿下、こんばんは」
「まあ、聖皇様、こんばんは。今、レミントン公爵令嬢を、お茶会にお誘いしていましたの。明日の午後、彼女をお借りしてもいいかしら?」
「明日の午後は……公式な行事はありませんよね。レミントン公爵令嬢さえよろしければ、わたしは問題ないですよ」
オルゼアが、微笑の聖皇で私を見る。いいタイミングで来てくれたと思う。しかも問題なしと答えてくれたので、私も安心してアナベルに「ではお邪魔させていただきます」と返事をすることができた。
「招待状を届けさせ、迎えも向かわせますわね。それではごきげんよう」
「「ごきげんよう」」
アナベルは数名のマダムを引き連れ、部屋を出ていく。その様子を見送った後、オルゼアが私を見る。私は第二王女……マヤの件を話した。するとオルゼアは「クリームがドレスに……。ではレミントン公爵令嬢とダンスをしたら、甘い香りがするのですか?」と楽しそうに笑う。見る限り、メイドが綺麗にふきとってくれたので、クリームがついていた場所がどこなのか、もう分からない状態だけれど……。
もしかするとクルリと回転したら、甘い香りがするかもしれない。
「甘い香りがするか、試してみますか?」と私が問い返すと「ええ、ぜひ、確認したいです」とオルゼアは銀色の瞳を細め、嬉しそうな笑顔で、私に手をさしだす。彼の手に自分の手をのせると、そのままオルゼアはホールへと向かう。
「そのローブ姿で、ダンスもされるのですか?」
「実は舞踏会でダンスをしたことが……ありません。ですからローブ姿でのダンスも、初めてですね。少し緊張しています。でもせっかくの舞踏会ですからね。ダンスについては一応、習っているので、大丈夫だとは思いますが」
そうだったのね……!
社交界デビューは、当然しているだろう。でもダンスは必須というわけではない。それにローブ姿で参加する聖皇に、ダンスをしないかと誘う令嬢は……いないだろう。
オルゼアにとって、これが初の人前で披露するダンスになるのね。
なんだか私も緊張してくる。というか……クレアの記憶では、舞踏会でダンスを何度も踊っていた。でも前世の記憶が覚醒してからは、これが初のダンスになるのでは……?
だ、大丈夫かしら!?
「では、レミントン公爵令嬢。よろしくお願いします」

























































