41:師匠はまた、とんでもないことを!
師匠の伝令である紫の鳥は、地下へ続く階段の入口を閉ざした扉で、何を見たのか。
「力が使われていた。魔法ではない。エルフの使う精霊の力でもない。失われた魔法と言われる『聖なる力』だ。魔王がいた時代には、まだ存在していた聖女が使う力、それすなわち『聖なる力』。聖女が失われ、代わりに登場したのが、神聖力を使える聖皇であることは、愛弟子も知っているだろう」
ここへきて聖女が登場するとは! これには驚くことになる。
「ちなみに聖女が失われた理由には、諸説ある。その中の一つとして、天敵として不要となった、というものがある。そもそも聖女は魔王に対抗する力として『聖なる力』を行使していた。でもその魔王は滅びた。よって『聖なる力』は不要となり、この世界から失われた――という説だが、俺もこれを支持する」
聖女。確かに聖女は三百年前に存在していたが、何せその当時から、かなりレアな存在だった。しかも数十年に一度とか、数百年に一度、聖女は見つかるというレベル。魔王に対抗できる力を持つと言われても、必要な時にいてくれるわけではなく……。
魔王討伐パーティにいてくれたらと思うものの、聖女は不在だった。
「でも『聖なる力』も神聖力と同じで、不意にそれを宿した者が誕生することが多かった。それは三百年経った今も、そうなのかもしれない。つまり魔王が滅び、聖女も『聖なる力』も不要となったが、いまだに『聖なる力』を持つ少女は、誕生しているのかもしれないということだ」
その可能性はあると思う。聖女の誕生は、そもそも不確かなものだった。ゆえに、魔王がいなくなりました、はい、もう不要です、で誕生しなくなるとは、到底思えない。
「『聖なる力』は神聖力と違い、治癒や回復の力もない。できることは魔王にダメージを与えることと、魔王の封印だ。つまり今回、魔王がいるわけではないが、二か所の扉に対し、封印を行った。つまり扉を閉ざし、開けられないようにした……のかもしれない」
これまた師匠は、とんでもないことを言い出している! 今回の事件の黒幕が聖女!? そんなまさかと思うが、扉が開かなかったのは事実。そしてこの紫の鳥が、そこに『聖なる力』を見つけたのなら、聖女が……犯人の可能性はゼロではない
「愛弟子よ、まとめにはいるぞ。犯人はとんでもなく身近にいる。『静謐の間』にいたのは、王族と近衛騎士達、聖皇と愛弟子、聖官と聖騎士、フォンスとトッコだ。だが『聖なる力』を使えたことを考えると、真犯人は女性の可能性が高い。もしくは複数人だ。おそらく生き延びて、次の機会を狙っているだろうな。そして誰を狙っているのかは……まだ分からない」
それではなくても、聖皇の暗殺者の件もあるのに。さらに誰かを狙う別の怪しい者もいるなんて。平和な時代に転生できたと思ったら、そんなことはないのね……。
「とにかく用心することだ。そして俺が話したことは、漏れないように注意しろ。さすがにフォンスやトッコが犯人とは思わないし、聖皇も違うとは思うがな。それ以外は誰が犯人であってもおかしくない。そう思って警戒した方がいいだろう」
そこで扉をノックする音が聞こえた。オルゼアが迎えに来てくれたに違いない。急ぎ紫の鳥には師匠の御礼の言葉を伝え、窓から外へ飛ばす。前回はこれで窓をきちんと閉めず、オルゼアに指摘されている。ちゃんと窓を閉めた。
他に何か抜け漏れがないか、深呼吸して確認し、問題なしだったので、扉へと向かう。
部屋まで迎えに来てくれたオルゼアは、純白のテールコートにアイスブルーのローブをまとっている。首からは、聖皇庁の紋章が刺繍されたショール。ローブを留めるブローチは、雪の結晶のデザインだ。私とお揃いにしていることが、一目瞭然。さらにローブの一部に、白いふわふわのファーが飾られている。そこもなんだか私のドレスを意識し、用意されたものだと分かった。
オルゼアの髪がアイスブルーで、瞳が銀色なので、この装い、カラーの相性は、最高。
今日は昨晩とは一転、聖皇として、皆の注目を集めそうだ。
純白のテールコート、そしてアイスブルーのローブをまとったオルゼアに、エスコートされて歩き出すと……。
ふわふわと揺れるファー。シャンデリアの明かりを受け輝く雪の結晶モチーフの装飾品の数々に、自分が彼のパートナーであることを実感できた。
つまりこれは完璧なペアコーデだ。
「……レミントン公爵令嬢。つい、あなたのドレスは、わたしのカラーにあわせたものばかり、用意してしまった気がします」
馬車に乗るためエントランスに向け歩いていると、オルゼアが少し照れたようにそんなことを言い出した。
「それは……当然ではないでしょうか。私は聖皇様のパートナーとして同行していますし。一目見て聖皇様のパートナーと分からないと、意味がありませんよね」
「勿論、その通りなのですが……。わたしはレミントン公爵令嬢、あなたのその美しい瞳の色の服も着たいと思っています。明日のデイドレスは、アメシスト色のものをぜひ着用してください」
私の瞳の色に合わせたデイドレスも、用意してくれていたのね。
とにかく沢山のドレスを贈られ、すべて把握しきれていなかった。
「分かりました。明日、午前中はヒュドラーの毒で亡くなった王族の追悼セレモニーで、午後はフリーですよね。アメシスト色のデイドレスを着ます」
私がそう返事をすると、オルゼアは嬉しそうに微笑み、エントランスホールを抜け、そのまま馬車へと向かう。
ちなみにヒュドラーの毒で亡くなった王族、兵士や騎士の遺体は、密やかに霊廟のそばの墓地に、既に埋葬されていた。フェニックスの黄金色の光で、遺体も浄化されていたが、万一がある。つまりは毒。
火葬した場合、灰となってその毒が舞うとさえ言われるぐらい、ヒュドラーの毒は強いものだった。よって既に亡くなった人々は現地で埋葬され、明日の追悼セレモニーは、空の棺に対して行われることになる。
馬車に乗り込み、馬が動き出すと、私は早速オルゼアに十五年前のことを聞くことにした。師匠からいろいろ聞いて、用心する必要もあったし、霊廟襲撃事件の犯人も気になる。何せ聖女が、犯人もしくは犯人の一味なんて言われたのだから。
だがそちらは国王陛下が指示を出し、犯人捜しを行っている。よって霊廟襲撃事件は、国王陛下に一旦任せ、用心をすることにして。今、私が取り組むべきは……聖皇の暗殺を目論む者たちの方だ。
つまり十五年前、オルゼアは王都に来た際、誰に会い、何をしたのか、だ。産後の肥立ちが悪かった王妃を神聖力で癒したことは、知っていた。よってそれ以外について、聞くことにしたのだけど……。
なぜそんなことを突然聞きたがるのかと、オルゼアは不思議そうな顔をする。そこで暗殺者の黒幕を探るためだと話すと――。
「レミントン公爵令嬢は、わたしのことを心配してくださっているのですね。皆が霊廟襲撃事件の犯人捜しで、血眼になっているのに」
「だからこそですよ! 霊廟襲撃事件の犯人は、誰を狙ったかが分かりません。でも西都から王都までくる間の暗殺者は、明確に聖皇様を狙っていたのです。それに霊廟襲撃事件の犯人捜しは、国王陛下が直接指揮をとり、進めていますよね。でも聖皇様の暗殺者は……私達が捜査するしかないのですから! あ、もしかすると、ライト副団長は少し気にして、犯人捜しをしてくれている……いえ、無理でしょうね。彼も霊廟襲撃事件の犯人捜しで、いっぱいいっぱいだと思いますから」
私がそう力説すると、オルゼアは「分かりました」と銀色の瞳を細め、当時の話をしてくれた。その話を聞いた私の正直な感想。それは……。
記憶力がすごい!
そんなことや、そんな相手のことも覚えているの!?と驚愕することになった。そしてその話を聞く限り、当時のオルゼアと王都で深い接点を持ったのは、国王陛下夫妻、ライト副団長ぐらいしかいなかった。王都滞在中にお世話になった使用人もいるが、彼らが暗殺を目論むとは到底思えなかった。
つまり暗礁に乗り上げ、完全に黒幕は分からない……。
お読みいただき、ありがとうございます!
【新作公開】
蕗野冬先生描き下ろし表紙絵付きの新作を公開しました!
『運命の相手は私ではありません!~だから断る~ 』
涙が出そうなくらいの神絵です。
3月までアニメも見ていたので感動もひとしお~
あらすじ:
気づけば読んでいた小説の世界に転生していた。
しかも名前すら作中に登場しない、呪いを解くことを生業とする、解呪師シャーリーなる人物に。さらにヒロインが解くはずの皇太子の呪いを、ひょんなことから解いてしまい、彼から熱烈プロポーズを受ける事態に!
この世界は、ヒロインと皇太子のハッピーエンドが正解。モブの私と皇太子が結ばれるなんて、小説の世界を正しく導こうとする見えざる抑止力、ストーリーの強制力で、私は消されてしまう!
そこで前世知識を総動員し、皇太子を全力で回避しようとするが……。
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