40:本当に、本当に、本当に!
王城へ戻ると、すぐに建国祭に向け、準備が必要だった。
どんなに薔薇のいい香りがしていたとしても、この後各国の王族や大使とも会うのだ。きちんと入浴し、ドレスに着替える必要があった。
だがそこに、両親と兄が会いに来た。
当然だった。霊廟の地下に閉じ込められ、地上ではヒュドラーが現れ、死闘が繰り広げられたと聞いていたのだ。地下にはヒュドラーを上回るモンスターが現れたかもしれない。無事に帰還したと聞き、「娘の顔を見たい!」となるのは必然なことで、私も再会が嬉しかったのだけど……。
とにかく時間がない!
両親と兄の顔を見て、再会を喜び、その後はメイドに言われるままに動き、自分が何をどうしたのか覚えていない。とにかく用意されていた、建国王を称える、彼の碧い髪にあわせた碧いドレスに着替える。そしてオルゼアと共に、馬車へ乗り込んだ。
その後は建国祭の開会を祝うセレモニーに参列し、場所を移動しての記念植樹、そこから王城へ戻り昼食会。午後は王族達のパレードの見学から始まり、お茶会、聖皇の病院慰問の同行。晩餐会が終わり、これからイブニングドレスへ着替え、舞踏会だった。
本当に、本当に、本当に!
観光気分で、レミントン公爵家の令嬢として建国祭に来ていた去年が、嘘のように思える。オルゼアは毎年こんなハードスケジュールをこなしているなんて、本当に信じられない! 神聖力があるとしても、これだけ大勢に会い、名前を覚える……これができる彼を、王族の皆様を、心から尊敬してしまう。
そしてオルゼアが魔王ルーファスの生まれ変わりなんて、忘却の彼方になりそうだ。
そんな慌ただしい一日も、間もなく終わる。
晩餐会のために着ていたマーメイドドレスを脱ぎ、華やかなイブニングドレスへ着替えた。アイスブルーのチュールが幾重にも重なり、スカートは奥行きのあるグラデーションカラーを実現している。ウエストから雨の雫のようにビジューが飾られ、フリルたっぷりのオーバースカートには、銀糸で雪の結晶が刺繍されていた。
髪はアップにして雪の結晶をデザインした髪飾りでまとめる。ネックレスとイヤリングも雪の結晶モチーフ。身頃の胸元には、ふわふわのファーが飾られ、気持ちも盛り上がる。
「ピチィーック、ピチィーック」
師匠の伝令!
メイド達には、着替えも終わったのでということで、部屋から出てもらった。
久しぶりに見た紫の鳥を、部屋の中へ招き入れる。
「愛弟子よ、三百年ぶりのモンスター狩りはどうだった? 地下は討伐後、楽しく夕食の時間を過ごせたようだが……。地上は……うん、あれは地獄だったな。しかしノクスの奴、そんなに自分の墓が暴かれるのが嫌だったのか。まあ、墓にはたいがい秘宝があったりするからな。もしかするとノクスの墓には、お宝があるのかもしれないが……。それはもういいさ。それより本当は愛弟子が地下に潜る前に知らせたかったが、間に合わなかったから仕方ない。既に気づいたと思うが、聖皇を狙う黒幕は、ライト・アーク・スタンリーではない」
紫の鳥はピョン、ピョンとローテーブルの上を飛びながら、師匠の言葉を伝えてくれる。
「簡単に尻尾を掴めたからおかしいとは思っていたが……。事はそう簡単ではないようだな。だがきっかけは間違いなく、聖皇が十五年前、王都に来た時だ。そこで何かがあったはず。王都で誰と会い、何をしたのか、それは聖皇に直接確認するのが一番だ。さすがの俺も、過去には戻れんからな」
ソファに座った私は、ローテーブルの上をピョン、ピョン跳ねる鳥の頭を優しく撫でる。
「それと昨日の霊廟で、地下に続く階段の入口の扉。『静謐の間』の扉。その両方が閉ざされ、簡単に開けることができなかっただろう」
だからこそ私が魔法を使い、強引に開けることになったのだが……。
「昨日の霊廟で、地下に続く階段の入口の扉。『静謐の間』の扉。その両方が閉ざされ、簡単に開けることができなかっただろう。だがそもそもとして、二つの扉は閉じられているのが正解だ。それは防犯上の理由からだ。外から閉じると、内側から押さないと開かない仕組みになっていた。よって内側から押して開かなかったのは、間違いない。あれはく王族か聖皇を狙った何者かが、開かないようにしたわけだ」
それはその通り。私も師匠の伝令の鳥を見つけ、外へ出ようとして、一度閉じたらしばらくは開かないと言われた。安全のためにと。
「扉が開かなければ、無理矢理にでも開けようとする。すなわち墓泥棒!と認定され、モンスターがご登場。地下にいる皆様は、オピオタウロスの蹄で踏みつぶされる――これが犯人の算段だったわけだ。つまり犯人は、無理に扉を開ければ、モンスターが登場することを知っていたことになる。だがモンスターがいるなんて、普通は知らん。となるとあの犯行に及んだ者は、かなり内部事情に詳しい者、となるわけだ」
これは好ましくない状況だ。建国王の霊廟に詳しい者となると、かなり限定されてくれる。そうなると国外の何者かが犯人、ではなく、国内すなわち身内に犯人がいることになるのだ。これは喉元に刃物を当てられているような状態であり、油断できないことになる。
まさに由々しき事態。
「さらに地下でマルメロの香りを感じなかったか? もし感じていたら、それはオピオタウロスを誘導するためだったと考えていい。オピオタウロスは、マルメロが好物だからな。つまりは扉を無理矢理開けない、もしくは開けられない可能性も、犯人は考えた。墓泥棒と認定されないと、オピオタウロスは襲撃してくれない。それでは犯人は困ってしまう。ゆえにマルメロの香りを使った」
これはかなり用意周到だ。そうなると狙いは完全に地下にいた人物。しかも『静謐の間』にいた人物を、狙ったことになる。
「好物の匂いに惹かれたオピオタウロスは、軽い気持ちで『静謐の間』に足を踏み入れる。オピオタウロスにとっては、『静謐の間』の扉を壊すなんて、鼻でちょんと触れるレベルだ。壊す自覚はないだろうな。だがそのちょんで、扉は吹き飛ぶ」
吹き飛んだ扉で確実に何人かは害されただろうし、それではなくても、あの時はマルメロの香りに加え、強烈な眠気を誘うセドロールの香りもしていた。眠りに落ち、皆が爆睡して倒れている『静謐の間』に、オピオタウロスが入ってきたら……。ほぼ全員が踏みつぶされ、終了だった。
そうなると犯人は、すべての王族と聖皇の抹殺が狙い……? いや、こうも考えられる。全員が害されれば、誰を狙った犯行か分からない。犯人に辿り着けない可能性もある。
「しかもあの香りは『静謐の間』の中でしたはずだ。これが何を意味するか分かるか、愛弟子よ」
分かる。犯人もまた、あの場にいたということだ。しかもその犯人は、万一に備えた緊急脱出用の通路があることを知っていたことになる。自身は香りを吸い込まないようにして、その通路から逃げるつもりだった。
緊急脱出用の通路について、ライト副団長が知っていたのは、犯人とっては予想外だったかもしれない。
ライト副団長が、緊急脱出用の通路の存在を知っていた理由。それは近衛騎士団の副団長として、万一に備え、調べていた可能性もある。もしくは自身に似ているノクスについて調べる中で、霊廟についても熱心に調べた結果、緊急脱出用の通路の存在を知ったとも考えられる。
「『静謐の間』までは、侵入できなかったが、地下に続く階段の扉。あそこはこの子が、この紫の鳥が見ている。すると面白い物を発見した。なんだと思う?」
それはすなわち、扉が開かないようにしていたものだろう。
通常であれば閂、つまりは横木を想像するだろうが、そんなものはなかった。そうなると……。
考え込む私に対し、紫の鳥は、師匠の言葉を伝えた。