39:その時、地上では
建国祭の前日に、まさか野宿をするなんて!
でも祭壇に飾られた大量の白い薔薇は、即席のベッドへと変わった。みんな薔薇の花びらに包まれ、極上の眠りを味わうことになる。翌朝、魔法であっという間にオピオタウロスを片付け、地上へ出ると「かぐわしい薔薇の香りがする」と、そこで待機していた騎士達を驚かせることになった。
まだ夜が明けたばかりだったが、私達が地下から出てきたので、地上は大騒ぎになる。
伝令が走り、迎えの馬車がやってきて、朝食が用意された。
焚火で焼いたベーコンや卵料理をいただきながら、地上では何が起きたのか。
教えてもらうことになった。
地下に現れたのはオピオタウロスで、討伐後は美味しくみんなで夕食となったが、地上はそんな牧歌的な状況ではなかったようだ。
避難用の通路を使い、いち早く地下の霊廟から脱出した国王陛下は、すぐに地下へ続く階段の入口を開け、残った者達を救出するよう命じた。それは当然の命令だった。
だが、地下へ続く階段の入口は、『静謐の間』と同じで、こちらもガッチリ閉じられ、開かない。そこで爆弾を使い、扉を破壊することになった。これが地震のような揺れの原因であり、地上にいるモンスターを目覚めさせることにつながる。
地上に現れたモンスター、それはヒュドラー。
オピオタウロスとヒュドラー。
どちらか一方を倒せと言われたら、皆、前者を選ぶだろう。ヒュドラー程、厄介なモンスターはいない。首を落とせば、そこから二本の首がはえ、猛毒を吐き散らす。
しかも猛毒に対処できる神聖力を持った聖皇と聖官、ライト副団長は、地下に閉じ込められている。かつ、モンスター討伐の経験を持つエルフのフォンスとドワーフのトッコもまた、地下にいた。
地上でヒュドラーを迎え撃つことになった騎士達は、まさに貧乏くじを引いたようなものだった。我先と逃げ出した王族の何人かは、このヒュドラーの吐き出す毒により絶命することになった。
もはや全滅してもおかしくない状況の中、奇跡が起きる。
もうこの世界には存在しないと思われていたフェニックス(不死鳥)が現れ、加勢してくれたのだという。これは間違いなく、師匠の援助だ。
師匠は昔、矢が刺さったフェニックスを、助けたことがある。その矢は、皮肉な話だが、ヒュドラーの毒が塗られた毒矢だった。フェニックス自身は強い再生の力があるので、ヒュドラーの毒に関して、問題はなかった。
問題はその毒矢が、自身で抜けない場所に刺さっていたことだ。
フェニックスは自らの炎で矢を焼くが、そうなると自身の体も焼ける。すると再生の力が働く。すると毒矢も再生してしまう。「困り切っているフェニックスの体から矢を抜いた」と師匠はあっけらかんと語ったが、それは簡単にできることではない。
ただの人間は、フェニックスに近づけば、焼死する。しかもヒュドラーの毒が塗られた毒矢なんて、一歩間違えば自分自身がその毒気にやられる危険がある。それをやってのけた師匠は……大魔法使いと言われるゆえんがそこにあった。
でもこうしてフェニックスを助けることで、師匠は強力なカードを手に入れた。それは「人間に力を貸すことなど普通はない。だがお前は特別だ。一度だけ、お前が請えば助けてやろう。どんな場所、どんな状況、いつであろうと、この盟約は、必ず果たされる」というフェニックスとの約束だ。
まさかその強力なカードを、師匠がヒュドラーに対して切るとは、驚きだった。でも、もしここでヒュドラーを倒せなかった場合。地上にいた騎士達は全滅し、翌朝、地下から出てきた私達が、ヒュドラーの相手をすることになる。
そこにはフォンス、トッコ、ライト副団長、オルゼア、そして私もいるのだ。勝てないことはないと思うが、犠牲者は出たと思う。ヒュドラーの毒はそれだけ強い物だから。よってそうならないよう、先んじて動いてくれた師匠には、感謝しかない。
奇跡的に現れたフェニックスにより、状況はどのように変化したのか。その戦いについて聞いてみると……。
ライト副団長の上長に当たるリール団長が奮闘し、ヒュドラーの首を切り落とすと、フェニックスが炎で、その切り口を焼き尽くしてくれた。すると再び首が生えてくることはない。その事実に勇気づけられ、騎士達は次々とヒュドラーの首を切り落としていく。その度にフェニックスが切り口を焼き払う。
五十本まで増えていたヒュドラーの首は、確実に切り落とされ、数は減っていたが、問題は切り落とした首。切り落とされた首から猛毒が吐き出され、辺り一面を汚染していく。この毒により、多くの騎士が犠牲になったが……。
フェニックスが羽ばたく度に、その翼からは黄金色の光が舞い落ちていた。この黄金色の光がヒュドラーの猛毒に触れると……。どす黒く染まっていた地面が、浄化され、そこには青々とした芝が生えている。
最終的にヒュドラーの首はすべて切り落とされ、その体はフェニックスの炎で焼かれた。撒き散らされた猛毒は、黄金色の光により、すべて浄化されたのだという。
「フェニックスは日の出と共に太陽の方へ向かい、飛んでいきました。でも飛び立つ寸前に、フェニックスは我々の頭上をぐるりと飛んで、その黄金色の光を我々の上に降らせてくれたのです……。すると一晩中の戦闘の疲れが、すっかり癒えていました」
リール団長はそう言うと、東の空から顔をのぞかせた太陽を見て、眩しそうに目を細めた。そしてその話を聞き終えたところで馬車が到着し、私達は王城へ戻ることになった。国王陛下ほか生き延びた王族は全員、既に王城に戻っている。さらに私達の帰還の知らせを受け、建国祭は、このまま続行されることになった。
馬車に乗り込んだ私は、思わずオルゼアに尋ねてしまう。「王族と騎士が、ヒュドラーの猛毒により、亡くなっています。それなのに建国祭を行うのはなぜなのでしょう」と。この私の問いに対し、オルゼアは……。
「今回、何者かが我々の命を狙いました。狙われたのは、聖皇であるわたし……というわけでなかったように思えます。犯人の狙いが誰であったのか、それはまだ不明です。ただ、恐ろしいモンスターが二体放たれることになりましたが、我々はそれに打ち勝つことができました。悪意ある何者かの企みはついえた、そのような企みに屈するつもりはないと、示す必要があります」
オルゼアは冷静に現状分析を行うことができていた。
「それに王都の中心部から離れた霊廟で起きた事件のせいで、建国祭そのものまで中止すれば、アウラ王国はその程度と思われかねません。今、王都には各国の大使もいますから。これで中止となれば、マイナスの情報が伝わることになるでしょう。でもあのオピオタウロスとヒュドラーを倒し、何事もなかったように建国祭ができるとなると、アウラ王国の強さを示すことができます。よって国王陛下は、このまま建国祭を行うことを決めたのでしょう」
さらにオルゼアは、こう付け加える。
「誰を狙ったのかまだはっきりしませんが、王族の誰か、もしくはわたしを狙うのであれば、チャンスは他にもあったと思うのです。でも霊廟で犯行に及んだということは、王都の中心部で犯罪を行うつもりはないのでしょう。それはそれだけ警備が厳しく、手を出せない……とも言えます。それにこの事件を受け、警備体制はさらに強化されるのは必至。犯人もやすやす動くことはできないと思います」
これは納得の分析で、オルゼアに異論を挟むつもりはない。むしろこの話を受け、私はライト副団長と話した内容を聞かせることになった。オルゼアは私の話を聞いて驚き、そして自身が暗殺者の黒幕をライト副団長と思い込んでいたことを、強く悔やんだ。
「でも誤解はこれでなくなりましたよね。西都に戻るまでの間に、ライト副団長と話をしてみたらどうですか?」
「そうですね。わたしとしては、悪意のない一言だったのですが……。でもそれがライト副団長を追い込むことになっていたとは……言わるまで気づきませんでした。その件については謝りたいと思います。ですが……」
そこでオルゼアは困ったという顔で私を見る。
「建国王と自分を重ね、彼が愛したというミレア・マヴィリスに、レミントン公爵令嬢が似ているからと、好意をもたれても……。困りますよね?」
「それは……そう、ですね」
「……もしやまんざらではないのでしょうか。ライト副団長のように戦闘力もあり、神聖力もある男性は……それだけではないですね。あの容姿と近衛騎士団の副団長。心惹かれないという令嬢を探す方が、難しそうです……」
オルゼアが悩み始めたところで、王城へ到着した。
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あらすじ:
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