3:呆れるだろうと思った
自分の良心に、これは火あぶりの刑にならないために必要なことなのだ――そう言い聞かせてから、口を開く。
「聖官様。どれにするか決めました。二番でお願いします。やはり最期は、家族に会いたいです」
「分かりました」と神妙な面持ちで答えた魔王ルーファスは、後ろに控える二人の男性に声をかける。聖官よりも簡素な服装。白のローブに首から下げたショールは幅も細く、刺繍もない明るいグレーだ。これは……聖官補佐? そんな職位があるかは分からないけれど。
聖官補佐らしき二人のうち一人は、魔王ルーファスの言葉を聞き、看守に声をかける。看守がカギを開け、聖官補佐らしき一人は、地下牢から出て行った。
「クレア・ロゼ・レミントン。あなたの願いをご家族に伝えます。返事を待つ間に、わたしが祈りと罪の許しを与えましょう」
「ありがとうございます。聖官様。その前に、聖官様のお名前をお聞きしても?」
魔王ルーファスの後ろで、私の言葉を聞いていた、聖官補佐らしき残りの一人が、ぎょっとした顔をしている。なぜ、ぎょっとするのかしら?
ルーファスは、アイスブルーの髪をサラリと揺らし、私の問いに答える。
「わたしの名前ですね。わたしは、オルゼア・R・エリソンです」
魔王の時は、ただのルーファスだったのに。立派になったものね。
つい辛口になってしまうのは……私も追い詰められているからだろう。
一度深呼吸をして、気持ちを静める。
切り札を使い、魔法を行使できれば、私は助かるかもしれない。
失敗すれば、無実の罪で、火あぶりにあう。
焦りは禁物。
このまま切り札を使うか、言われた通り罪の告白をするか。
もはや下された刑は、覆すことはできないだろう。だが罪の告白ということで私は、魔王ルーファス……オルゼアに対し、無実の主張を始めた。
実はクレアは、自室から証拠が次々と出たことにショックを受け、無罪をそこまで強く主張できていなかった。両親や兄も手を尽くしてくれたが、身内が庇ったところで、やはりどうにもならなかった。
だが、ミレアとしての記憶を取り戻した今の私は違う。もう間に合わないとしても、冤罪であることを誰かに聞かせずにはいられなかったのだ。
一通り、私の話を聞いたオルゼアは……。呆れるだろうと思った。罪も確定し、今晩、刑は執行されるのに。罪の告白をすべき場で、無罪を主張するのだから。
ところが。
「……クレア・ロゼ・レミントン。あなたは今話したことを、裁判の場で主張されましたか?」
「い、いえ、していません。捏造された証拠があるのです。皆、それを見たら、私を犯人と決めつけると思います。論より証拠で」
オルゼアの予想外の反応に驚きながらもそう答えると、彼は首を傾げる。
「今、私に言った通りに主張すれば、証拠がなかったとしても。セル・オッドワードとココ・A・ウォールデンは、もっと追及されることになったと思いますが」
あ、あれれれ……? なぜか魔王に擁護されている?
「疑わしきは罰せず――これが原則のはずです。わたしは、セル・オッドワードとココ・A・ウォールデンに、もっと話を聞いた方がいいと考えます」
これには驚き、さしもの私もつい「そう言っていただけると……。ちゃんと裁判の時に主張すればよかったです」と、答えてしまう。
「今日、わたしがここに来たことは、大いなる意味があったのだと思います。ひとまず刑の執行を今晩するのは止めるよう、国王陛下に進言しましょう」
「えっ!」と大声が出ていた。そんなことができるのですか、一人の聖官が!と、オルゼアの銀色の瞳をじっと見てしまう。
「安心してください。わたしが反対すれば、国王陛下もそれを無視することはできませんから」
国王陛下が無視できない!? それはまさか国王陛下を脅すつもり!? もしや前世の記憶を取り戻しているのでは!? 軽くパニックになるが、もし魔王ルーファスの記憶を取り戻しているなら、刑の執行を止めるような行動はとらないはずだ。何せ彼は、私を道連れにしたぐらいなのだから。記憶が戻っているなら、「執行時間を早めろ!」とでも言いだしそうだ。
「ここ、西都は、別名“聖都”と呼ばれていることは、ご存知ですよね?」
「それは勿論です」
私が今いるこの国、アウラ王国はとても国土が広い。国王陛下が住まう王都が、当然だが、首都の機能をはたしている。だが王都の周囲に広がる、東西南北にそれぞれ置かれた都市も、とても強い力を持っていた。
東都はエルフ、ドワーフ、魔法使いなど、人間以外の種族が多く暮らす都。確かエルフの公爵が治めているはずだ。
西都は聖皇庁が置かれ、聖皇が治めていることから、聖都とも呼ばれていた。クレアはこの西都生まれの西都育ち。
南都は海に面した交易都市で、海運業のギルドが力を持っていた。
北都は、隣国との防衛の要となっており、猛者で知られる辺境伯が治めている。
四都市の中でも別格なのが、西都(聖都)。政教分離で、聖皇庁だけが西都に置かれている。その結果、西都自体が、国王陛下にも匹敵するぐらいの力を持つようになっていた。西都自体というか、国王陛下に肩を並べることができるのは、聖皇だ。
……聖皇。
え、ま、待ってくださいよ……。
血の気が引く思いで、再度、オルゼアの顔をまじまじと見る。さらにクレアの記憶を探った。
聖皇ってどんな姿をしていました……?
西都に住んでいるのだ。聖皇の姿ぐらい、知っているはず。
そう思い、記憶を辿る。
聖皇本人は、聖皇庁に併設されている聖皇宮から、めったに姿を現さない。だが、式典などで、遠くからその姿を見たことがある。ニュースペーパーで姿絵を見たこともあった。
そう、そうだ。遠くからであっても。そして絵であったとしても。
見たことがある。聖皇の姿を。
聖皇はアイスブルーの煌めくような長い髪で、珍しい銀色の瞳を持ち、鼻梁の通った端正な顔立ちをしていた。長身でスラリとして、手足も長い。よく髪色と同じアイスブルーか、瞳と同じ銀色の衣装をまとっていた。
オルゼアは、あまりにも魔王ルーファスそっくりの容姿だった。よってその姿を見たと同時に、私の覚醒も始まった。ゆえにどうしても魔王ルーファスとして彼を見てしまうが、間違いない。オルゼアが……聖皇だ。
なぜ名前を聞いて気づけなかったのか。
それは、聖皇は名前ではなく、“聖皇”と呼ばれることが多いからだ。聖皇と呼ばれない時は、本名ではなく、『聖皇ネーム』と呼ばれる名前で称されることが、ほとんど。聖皇に使われる呼称は四つある。その時代と本人の性格を踏まえ、一つが選ばれ、聖皇ネームになる。
四つの呼称、それは慈愛の聖皇、微笑の聖皇、嘆きの聖皇、義憤の聖皇。そしてオルゼアの聖皇ネームは……微笑の聖皇。
前世魔王のくせに。微笑の聖皇!
でも確かにオルゼアの微笑は……。
チラリと彼を見ると、実に穏やかな笑顔で私を見ている。「わたしが誰であるか分かりましたか」という顔をしていた。
「……どうしてですか、どうして聖皇様ともあろう方が、このような場所に? まさか処刑される罪人とは、全員会われているのですか?」
オルゼアは銀色の瞳を陰らせ、「本来はそうすべきなのでしょうが、そうもいかないのですよ」と寂しく笑う。
「クレア・ロゼ・レミントン。あなたは公爵家の令嬢です。しかもその家系は、王家とつながりも深いですよね。今となっては聖皇庁が西都に置かれたため、レミントン公爵家は、聖皇庁に隠れるような存在となってしまいました。でも聖皇庁が置かれる以前は、西都といえば、レミントン公爵家だったと、歴史書で学びましたよ。由緒正しい公爵家であると」
そんな言い方をされれば聞こえはいいが、それは過去の栄光だ。聖皇庁が置かれた後、日陰の存在になったのは、当時のレミントン公爵が、残念な人間だったから。聖皇庁が置かれたことを不服とし、ヤケ酒を飲み、賭け事に手を出し過ぎた。一時は公爵家を維持できない程、家計が傾いたこともあったと聞いている。
今でこそ、公爵家としての面目を保てるぐらいの財力に回復しているが……。私のせいで、その名は完全に地に堕ちたはずだ。
だからこそ今晩、刑が執行されるわけで……。
「由緒正しいレミントン公爵家の令嬢が、幽閉ではなく、実刑。しかも牢獄に収監されているなんて……」
オルゼアはこんな言い方をしてくれるが。西都であっても、罪人の刑を決めるのは、あくまで国。実刑の上、即処刑。これはレミントン公爵家を、国王陛下が見捨てたにも等しいと思う。
「さらに今晩、急に刑が執行されることになったのです。せめてあなたの最期の願い、そして祈りと罪の許しを、聖皇であるわたしが与えようと思いました。祈りと罪の許しを与えたとなれば、あなたとレミントン公爵家の名誉も保たれます」
それは確かにそうだろう。聖皇が一人の罪人のために、聖皇宮を出るなんて、異例なのだから。もしや冤罪だったのでは? 私の死後、そんな風に囁かれる可能性だってあった。
でもどうして? よりにもよって前世が魔王のルーファスが、なぜに聖皇なのか。しかもその聖皇に、ルーファスにより、私は助けられるのかもしれないのだ。
「ひとまず、地下牢ではなく、貴族を収監する別室に移れるよう、手配させますから。それぐらいは国王陛下の許可をとらなくても、わたしでも可能です。少しその部屋でお待ちください」
そう言うと、微笑の聖皇と呼ばれるオルゼアは、確かに優しい笑みを残し、地下牢から出て行った。