38:平行線のそれぞれの道
オピオタウロスとの戦闘時のライト副団長の動きを見ていると、まるでノクスを見ているかのようだった。
でも、彼とノクスは違う。だってノクスは大剣使いだった。でもライト副団長は、右手と左手で長剣を二本扱い、大剣は使わない。
見た目はそっくりだが、やはり彼はノクスではないのだ。
「建国王は、結婚を渋ったものの、いざ結婚後は、愛妻家になられました。それでも彼の秘めた想いについて、知ってしまってからは……。なぜか自分も、長い銀髪の女性を見かけると、気になってしまうのです。珍しいとされるアメシストのような紫の瞳の女性がいないか、つい探してしまいます。ですからあなたを見つけた時は、本当に驚きました」
そう言って碧眼の瞳を向けられ、微笑まれると、ドキッとしてしまう。それは普通に……カッコいいからだ。カッコいい男性を見て、ドキッとしてしまうのは、仕方ないことだと思います……。
「レミントン公爵家は、知らないわけではありませんでしたが、接点がありませんでしたからね。これまで建国祭にいらしていたのでしょうが、気づくことがありませんでした」
そこでライト副団長は、私の髪を優しく撫でる。こんなにさっきから私に触れているが、みんな見ているのでは?と不安になり、周囲を伺う。
するとみんな、夕食の準備を続けており、こちらの様子など気にする様子はない。
オルゼアはフォンスと何やら話をしているようで、こちらへ背を向けていた。
「建国王が思い続けた女性を、見つけ出すことができた――そう思いました。なんとなくあなたと結ばれることで、建国王もうかばれる。そんな気持ちになっていたら……オルゼアのパートナーであると分かった瞬間。奪われたくないと思いました。もう知っていると思いますが、彼は自分とは因縁の関係ですから」
「確かに聖皇様とライト副団長様の過去の出来事については、聞いています。でもライト副団長様は、潔く聖皇を目指すことをあきらめ、騎士の道へ進んだのですよね。王都と西都にそれぞれ住み、会うのはこの建国祭ぐらい。二人は平行線のそれぞれの道を歩み、お互いに距離を置くのでよかったのではないですか。どうしてそこまで、聖皇様を憎むのでしょうか?」
ライト副団長は一瞬黙り込み、大きく息を吐きだす。
パチッと薪がはぜる音がして、彼はその碧眼の瞳を、焚火へと向けた。
「……聖皇になるための修行をしているオルゼアが、王都にやってきました。国王陛下に呼ばれて。その類まれな神聖力を見込まれ、王妃を診るようにと請われたのです。わざわざ西都から呼ばれ、やってきました。神聖力を使える……という点だけ考えたら、自分だって王都にいたのに。当時は『なぜ』と思いました」
それは……。
なぜ、と思ってしまう気持ちはよく分かる。
先代聖皇の実の息子なのだ。神聖力だって、ライト副団長は、父親と匹敵するぐらいあると聞いている。現に、ここにいる近衛騎士の多くを回復させる様子を、私も見ていた。
それなのに西都からオルゼアをわざわざ呼んだと知ったら、それを屈辱と感じても、仕方ないだろう。
「今となっては、国王陛下がオルゼアを呼び出したのは、彼の人となりが気になったのだと分かります。でもその頃はそうとは思わず、ただ悔しかったのです」
そう言うとライト副団長は「自分は勘の悪いガキでした」とため息をつく。
「その一方で再会したオルゼアは、自分にこう言ったのです。『さっき、訓練所で剣を使うライトのことを見たよ。すごかった。かっこよかった。わたしも剣を西都に戻ったら、練習してみるよ』――そう言われた時に、『やめてくれ!』と思ってしまったのです。神聖力でかなわなかったのに。ようやく見つけた自分の居場所に、オルゼアが踏み込んでくるような気がして……。王都と西都にいて、片や聖皇でこちらは騎士。同じフィールドに立つことはないのに」
なるほど。オルゼアが剣や弓を習っている理由が、理解できた。それは単純なもの。かっこよく剣を扱うライト副団長を見て、オルゼアは憧れたに過ぎなかった。そしてライト副団長自身が言う通り、目指す道は違っている。聖皇と騎士。ライバル視なんてする必要はないのに。
そこで私は勇気を出し、切り出してみることにした。
「ライト副団長自身、同じフィールドに立つことはないと分かっているなら、もういいのではないですか。今日だって、役割分担は明白でしたよね。オピオタウロスと戦えるだけの戦闘力を持つのは、ライト副団長です。聖皇様では無理なこと。ですから彼も王族の避難を助け、戦闘後の近衛騎士の皆さんの治癒や回復に努めました。むしろ、同じように近衛騎士の治癒や回復もできるライト副団長の方が、聖皇様の上をいっているように思えます」
私の言葉に、ライト副団長の頬が、うっすら赤くなったように感じる。燃え盛る焚火の明かりを受け、ハッキリとは分からないけれど。
「……仰る通りですね。出過ぎた真似をしているのは、自分の方でした」
「ではもう聖皇様を……害するなんてことは」
「……? 聖皇を害する? なんのことですか?」
誤魔化している……と思ったが、短い時間だが、ライト副団長と過ごし、彼がそんな態度をとる人物ではないと分かっていた。だからもしやと思いつつも、オルゼアが何度なく暗殺者の襲撃を受けていることを話すと……。
「そんなことになっていたのですか!? 国王陛下には相談しているのですか!?」
「……していないと思います」
「そんな重要なことを、何年も黙しているなんて……。それに黒幕を自分だと思っているなんて」
そこで私は慌てて訂正する。オルゼア自身は、私にライト副団長のことを、黒幕だとは話していないと。ライト副団長が黒幕だと思ったのは、私の勘。探偵を雇い、調べた結果に過ぎない。さらにオルゼアの性格からして、ライト副団長を黒幕だと思ったとしても、誰にも話さないと思うと告げると……。
「探偵ごときが調べて自分にいきついたということは、そうなるように仕向けている輩がいるということです。おそらくは自分とオルゼアの過去の因縁を知り、利用している奴らがいるのでしょう」
これは衝撃だった。それはつまりこの国に、聖皇という存在を消し去りたいと思っている人物が、ライト副団長以外にいるということなのだから。……ちょっと違うわね。オルゼアとライト副団長は、こじれたライバルという感じだった。ライト副団長の今の言動からすると、目障りと思っても、決してオルゼアを害したいと思っているわけではない。
ライト副団長が黒幕なら、まだ動機が理解できた。
でもライト副団長が黒幕ではないなら。
犯人がなぜ聖皇を狙うのか、そこからして謎となる。
「そうなると今日のこの一件も、仕組まれたことかもしれませんね。まだ断定はできませんが、オルゼアを狙う何者かによって、仕組まれた可能性も考えられます。聖皇ではなく、王族を狙った可能性も、十分考えられますが……」
オピオタウロスを倒すことができて、すっかり安心していたが、確かにこの霊廟で起きたことは不自然だった。
扉が閉ざされていたこと。眠りを促すセドロールの香りが、この部屋に充満したことも。
オピオタウロスが現れたのは、確かに私が扉を吹き飛ばしたからだ。だがそうする状況になったのは、人為的に仕組まれた結果に思えた。
「おーい、クレア、肉が焼けたぞ! 柔らかくて脂もよ~くのったリブロースだ! 美味そうだぞ」
トッコの言葉にガバッと体を起こすと、ライト副団長が目を丸くする。
「トッコ、塩を! 塩もふって。胡椒は魔法で用意するわ!」
用意するといいながら、既に胡椒の用意は終っている。
「ワインもありますよ、クレア!」とフォンスが声をかけてくれた。
矢のシャフトで見事に串刺しにされ、いい焼き具合のリブロースを私が受け取ると、ライト副団長が爆笑した。
「クレア様は、公爵令嬢とは思えないですね」
「そうですね……。でもこれが私なのです」
「ええ。よく分かりました。そんなあなただからこそ、建国王も好きになったのでしょうね。自分もあなたのことが、ますます好きになりましたよ」
「え!?」
普通はおしとやかな令嬢を、皆様お好きなのではないですか!? こんな野趣溢れる状況で、肉に食らいつく令嬢など、ドン引きかと思ったのに!
「オルゼアを狙う者については、自分の方でも調べます。過去の因縁の件は、もう気にしないようにしますが……。新たな火種はクレア様、あなたかもしれませんね」
ライト副団長がそんな風に言って意味深に微笑むので、もう私は「えええええ」と唸るしかない。