37:出し惜しみなどできない
出し惜しみなどできない。
ライト副団長、彼に従う近衛騎士と聖騎士達、フォンス、トッコ。
全員の武器と筋力を強化し、その動作速度を上げた。フォンスとトッコは三百年ぶりだが、慣れっこだった。でもこの二人以外は、違う。突然、自身の力が強化され、動きが早くなったことに驚き、必要以上にモンスターに近づきそうになっていた。
そんな中、いち早く強化された武器と体に馴染んだのが、ライト副団長だった。
右足で床を蹴るようにしてジャンプすると、背面飛びのような姿勢からの両手の長剣でモンスター……オピオタウロスの目を潰した。
オピオタウロスは牛の半身に蛇の下半身を持つモンスター。
目を潰しても、蛇の本能で体温を感知し、変わらず人を目指し攻撃をしてくる。
「フォンス、氷の精霊の力を使えますか?」
「勿論です」
「では囮を作るので、皆さんは合図と共に右手に集まり、オピオタウロスが左側に頭を突っ込んだ瞬間に、一斉攻撃を」
フォンスと同時に魔法を使う。
皆が右手に集まり、フォンスが氷の精霊の力を使い、氷壁を作りだす。その後ろに皆が退避する。
「防御魔法 火炎防壁」
熱を感知したオピオタウロスは、炎の壁に突進していく。
氷壁をすぐに消し、右サイドから一斉に攻撃をかける。
ライト副団長が見事、オピオタウロスの前足の腱を切り裂く。
フォンスの矢がオピオタウロスの右耳を射抜いた。
オピオタウロスの巨体が、右側に大きく傾く。
「とどめをさせ!」
ライト副団長の声に、大きくジャンプしたトッコが、その首に大斧を振り下ろす。
咆哮が響き、オピオタウロスの巨体が完全に横倒しとなり、衝撃音と埃が舞い、地面が揺れる。
さらなる攻撃を続けた結果。
ついにオピオタウロスの動きが止まる。
「仕留めたぞ!」
歓喜の声が起き、安堵と同時に膝ががくがくと震える。立っていられないと思った瞬間。
抱き上げられていた。
「聖皇様……」
「素晴らしい戦いでした。皆さんの勝利です」
もうみんなハイタッチで勝利を喜んでいたが……。
「王族の皆様は全員、避難できました。ただ、オピオタウロスが倒れた衝撃で、避難用通路の入口は、石が落下し、塞がされてしまいました」
聖皇がそう報告すると、ライト副団長も冷静に指摘する。
「オピオタウロスは巨大ですので、あの通り。倒れると同時に、出入口を塞ぎました」
つまり、モンスターは討伐できたが、閉じ込められた状態だ。
「地上ではもう一体のモンスターとの戦闘が行われている……か、行われた後か。とにかくそっちはそっちで尋常ではない状況でしょう。救出が来るとしても、時間がかかるかと」
フォンスはそう言った上で、私が魔力切れだと説明した。
本当は魔力切れというわけではない。そもそも魔法は、魔法石と呪文の詠唱で発動しているので、私が動ければ、魔法を使えた。つまり私が魔法を詠唱できないぐらい、疲れ切っていただけだ。でもここには聖皇がいる。神聖力で回復してもらえば……と思ったが。
近衛騎士と聖騎士達全員が、私以上に疲れ切っていた。疲れ切っている素振りなど見せないが、あのオピオタウロスを討伐したのだ。しかも魔法で無理矢理強化した状態で。その反動はゼロではない。フォンスやトッコのように慣れていれば、反動を加味して動くだろうが、そんなことなしで動いたから、みんな、ボロボロだった。
皆を神聖力で回復させ、そして私を回復させ、オピオタウロスを片付け地上へ戻っても……間違いなく沢山のやることが待っているはずだった。
「わしらは、我先にと地上へ逃げることしか考えていなかった王族達とは違い、ここでオピオタウロスを討伐した。これで地上へ戻り、またこき使われるなんて割にはあわん。ここにはたっぷり酒がある。そしてうまそうな牛肉もあるんだ。今日はここで夜を明かし、明日の朝。地上へ戻るのでよかろう」
トッコの提案に、異論を挟む者はいなかった。
フォンスは祭壇にあった香木で火をおこした。とてもいい香りが周囲に漂う。トッコはオピオタウロスの一番美味しそうな部位を切り取り、火であぶり始める。祭壇には都合の良いことに、魔除けでソルトも用意されていた。
なんだかノクスも、ここで一晩過ごしていけと言っているみたいね。
オルゼアとライト副団長は、神聖力を使い、近衛騎士と聖騎士達の回復を行った。その間、私はライト副団長が渡してくれた彼のマントにくるまり、火にあたっていた。私の回復は、最後と言われている。表向きの理由は、戦闘をしていないから。でも本当の理由は、みんなの気遣い。
あれだけの激しい戦闘をできたのは、私の魔法のおかげとみんな分かってくれていた。もしすぐに回復したら、魔法を使い、あれやこれや始めるだろう。それではいつまでたっても、体が休まらない。だから最後に回復する――ということだった。
みんなが忙しそうに、夕食の準備や体を休めるための用意をしているのに、何もせず眺めているだけなのは申し訳ない……とも思ったものの。こうやって焚火に当たるのは、久々だった。
なんだか魔王討伐の旅を思い出し、そしてモンスターを倒した後のことを思い出していた。
その時も私は、後方支援だったのに、ノクスもフォンスもトッコも。
「よくやった、ミレア」
そう言って褒めてくれて、その時の食事の用意は、私以外でしてくれた。私は今みたいに座って、料理が出来上がるのを待っている。肉が焼ける香ばしい香りがして、パチパチと薪がはぜる音が聞こえた。
『ミレア』
声に顔を上げると、そこにノクスがいる。
サラサラの碧い髪が、夜風に揺れた。背後には満点の星空が見えていた。
『こんなところまで来てくれて、ありがとう、ミレア』
『どうしたの、ノクス、急に』
『うん。ずっとミレアに会いたかったから。嬉しかった。ミレアに会えて』
『今日のノクスは、なんだか変だわ』
『そうかもしれないね。……ミレア、今度こそ幸せに』
そう言うとノクスは満面の笑顔になり、私の頭をくしゅっと撫でた。
「ノクス」と声を出したつもりだったが、声は出ず、口だけが動いていたようだ。
ゆっくり目を開けると、碧眼の瞳と目が合った。
「ノクス……」
彼はフッと笑うと、私の手をぎゅっと握った。
そこで自分がノクスに、膝枕されていることに気づいた。
「クレア様、昨晩から二度目です。……あなたに“ノクス”と呼ばれるのは。……建国王をご存知なのですか? フォンス殿やトッコ殿との連携された動き。とても初めて共闘したとは思えませんでした」
そう言うと彼は、私の髪をひと房つかみ、優しく口づける。
「魔王ルーファスを討伐したパーティには、一人の若い女性の魔法使いがいたと言われています。ただ彼女は魔王と共に、ノースマウンテンの噴火口で、命を散らしたと。銀髪長髪に、アメシストのような紫の瞳をした、それは美しい女性だったとか。……あなたは彼女の生まれ変わりなのですか?」
ノクスだと思ってしまった。でも夢を見ていたのだ。そして目が覚めた。ライト副団長に膝枕され、彼の神聖力で回復してもらって。
「そ、それは……。私は……」
ライト副団長は、ノクスの生まれ変わりではない。それならば彼の言う通りだと答えても、問題はないはず。
そう思ったが、彼は話を続けていた。
「自分の祖先には王族がいるので、建国王の血も少しは流れているのでしょう。似ている、似ていると言われるようになったのは、騎士団に入団し、その腕を認められるようになってからのことです。そこまで似ていると言われると、建国王のことが気になってしまいます。時間があると、図書館で彼のことを調べるようになりました。……気づけば、建国王について、誰よりも詳しくなってしまいました」
そう言って髪をかきあげるライト副団長は……やはりノクスにそっくりだ。さっきまでのオピオタウロスとの戦闘でも。本当に、ノクスを見ているかのようだった。