35:え、違うの!?
「こんな形で再会できるとは。ミレア……今はクレア、ですね。お会いできて光栄です」
笑顔で私に手を差し出すフォンスは、黒のセットアップにマントという、前世で見たこともない黒の装い。でもそれ以外は、あの魔王を討伐した日と、まったく変わっていない。
ホワイトブロンドの長い髪は、艶があって美しい。柔らかいカーブを描く眉毛、長い睫毛の下にはエメラルドグリーンの瞳がキラキラと輝いている。高い鼻に血色のいい唇、そしてエルフの特徴であるとがった耳と、変わらぬ美を保っていた。
その手に触れた時の温かみ。
「フォンス、またあなたに会うことができて、心から嬉しく感じます」
「クレア、あの時、君を助けられず、申し訳なかったです」
私をぎゅっと抱きしめるフォンスからは、森の香りがする。
「おーい、フォンス、お前だけでクレアを独占するんじゃない!」
豪快にそう言って私とフォンスを引きはがすのは、ドワーフのトッコ!
モジャモジャの髪には、白髪の割合がうんと増えていた。顔には、年齢を重ねたことを感じさせる皺が、深く刻まれている。特に笑い皺が多く、トッコが幸せな時間を沢山過ごせていたと分かり、嬉しく思えた。
「クレア、わしには孫が十二人もおるんじゃ。毎月、違う孫に会いに行ける。そうしていると、一年なんてアッという間じゃ」
そう言って豪快に笑うところも、昔と変わらない。
「三百年を生き続けるって、どんな感じですが、トッコ」
霊廟に向け歩きながら尋ねると、トッコは……。
「木が成長するのと変わらんよ。焦ることなく、静かに時を重ねていく。気づく百年が経っておった。そんな感じじゃな。わしは変わらん。わしの家族も変わらん。ただ、周囲の景色は大きく変わったかのう。ノクスはわしよりもよぼよぼのじいさんになって、旅立っていった。このアウラ王国もこんなに発展するとは……じゃが一瞬でこうなったわけではない。日々の積み重ねの結果じゃ」
時間について考えさせられる言葉だった。そして……ノクスの最期に、トッコとフォンスも立ち会っていたのね……。
「ノクスはあんなによぼよぼになったのに。クレアが変わらぬ姿なのは、不思議でならない。ノクスも元気なクレアに、会いたかったじゃろうな」
こみ上げる涙をぐっとのみ込む。そして隣を歩くトッコを見る。
トッコのブラウンの瞳は、あの頃とは大違い。常に何かやらかしそうな危険な光を帯びていたのに、今はとても穏やか。そこはトッコが長い時を重ねたことを、実感させられる。
「さて、ノクスと顔を合わせるとするかのう」
霊廟は地下にある。
白亜の神殿のような建物に入ると、そこに地下へと続く階段があった。ズラリと騎士が並び、厳重な警備が行われる中、地下へと続く階段を下りていく。
「フォンスとトッコは、転生したノクスに、会いましたか?」
てっきり師匠から話を聞いているのかと思い尋ねると、二人は「え、ノクスも転生しているのですか!?」と驚く。そこで私は周囲を伺い、地下通路のかなり先を歩くライト副団長を示すと、二人は「ああ」と言い、笑う。
「あの容姿ですからね。私もてっきり、ノクスかと思いました。この霊廟へ移動する途中、休憩所で彼に声をかけたのです。でもすぐにノクスではないと分かりました。本人も『建国王に似ているとよく言われますが……生まれ変わりでもなければ、彼の前世の記憶も、残念ながら持ち合わせていないのです』と困惑した返事をもらいましたよ。あれだけ見た目が似ていても、違うということがあるのですね。ただ、彼の先祖は、王族の遠縁にあたるそうですよ」
このフォンスの言葉に、私は「えっ!」と驚くことになる。
ライト副団長が、ノクスだと思っていた。だからオルゼアの暗殺を、執拗な程、企てていると思ったのに。
なんならそこに、私を想う気持ちも相まって……などと考えてしまったのだけど。
あれ、でもよく考えると……。
師匠は、ライト副団長がノクスと瓜二つと言っていたものの、それ以上のことは言っていなかった。
あんなにそっくりなのに、ライト副団長はノクスではないのね……!
ずっと彼のことを心の中でノクスと呼んでいたけれど。呼び方も改めなければいけない。
「それよりもあれじゃろう。聖皇が、魔王ルーファスの生まれ変わりの件。そっちの話はレノンからも聞いておるぞ。なんの因果で魔王が、聖皇などに転生するのだか」
レノンとは師匠のことだ。
そっちは師匠、トッコとフォンスに話したのねと思ったら。
「ピチィーック、ピチィーック」
師匠の伝令の鳥の声が聞こえる。こんな地下の霊廟のところまで、鳥を寄越すなんて。よほど急ぎのことなのかしら? だがしかし。鳥の方を見ると、騎士達に地上へ追い立てられている。それはそうだろう。ここは建国王とその王妃が眠る霊廟。基本的に王族しか入れない。警備している者達からすれば、虫一匹、部外者は通したくないだろう。
「トッコ、フォンス、先に行ってください」
「大丈夫ですか、クレア?」
フォンスが心配そうに私を見る。
「ええ。師匠の伝令の鳥がきているようなので、ちょっと会ってきます」
二人は「「分かった」」と流れに従い、建国王と王妃のお墓が安置されている『静謐の間』へと向かっていく。同じようにそちらへと向かう王族たちの流れに反するようにして、地下の入口に続く階段へと、戻っていくと。
紫の鳥は、すっかり地上へと追い出されていた。
階段を上っていくと、警備をしている騎士に声をかけられる。
「これから『祈りの儀式』が始まります。王族の方々が一堂に会す、特別な儀式です。安全のため、この地下へ続く入口は、一時的に封鎖されます。儀式が終わるまでの間、封鎖されたこの入口を開けることはありません。もし今、外へ出られましたら、儀式が終わるまで、中へははいれませんよ」
「そうなのですね……!」
チラリと伝令の鳥を見る。もし何か緊急な連絡であれば、赤い鳥が来るはずだ。紫の鳥であれば、通常の連絡。ならば儀式の後に、師匠からのメッセージは確認すればいいだろう。
私は状況を説明してくれた警備の騎士に御礼を言い、階段を降りる。すると階段に、黒い影が大きく広がっていく。振り返ると地下へ続く階段の入口が、分厚い石の扉により、閉じられていくところだった。
これだけ厚い扉で閉じられたら、そう簡単に開けられないだろう。敵も簡単には、侵入できないわね。
よくよく考えてみると、昨日、王都に着いてから、暗殺者に動きはない。それだけ王都と王城の警備が厳重ということもある。奉納狩猟があると聞いた時は、森の中なら暗殺者に狙われるのでは……と考え、防御魔法も展開していた。
だが向かった森は、王城の敷地内。しかもあらかじめ決められた獲物を森の中で放ち、それを仕留めるというものだった。どうしてそんなことをとも思ったが、考えてみれば当然のことだ。もし森へ向かい、予定されていた時間内に、獲物を仕留めることができなければ、奉納狩猟にならない。
予定調和となるが、あくまで儀式。滞りなく慣習に従い、事を進めることこそが、重要だった。
そのせいもあり、奉納狩猟で暗殺者が、暗躍することもない。何しろそこには、ライト副団長が護衛する、リアス王太子もいる。そこで事を起こし、王太子が傷つくことがあれば、それこそ本末転倒。王太子が同席する行事で、聖皇を狙う暗殺者は、動かないだろうと判断することができた。
とにかく地下の霊廟に続く扉が閉じられたということは、『祈りの儀式』が間もなく始まるということ。ここは公爵令嬢らしからぬ行動と思うが、駆け足で『静謐の間』へ向かった。
『静謐の間』へ足を踏み入れると。
建国王と王妃の眠る棺が安置された場所には、祭壇が設けられている。祭壇の後ろには、王と王妃の天井まで届く、巨大な彫像が置かれていた。さらにその周辺には、今日の儀式にあわせ、白い薔薇が飾られている。そして祭壇の前には、この儀式のために、椅子がズラリと並べられていた。『静謐の間』は、かぐわしい薔薇の香りで満ちている。
息を切らし、オルゼアの姿を見つけると、その隣の空いている席へ腰をおろす。オルゼアは「大丈夫ですか」と優しく微笑む。微笑の聖皇に癒されながら、呼吸を整える。そこで『祈りの儀式』が、厳かな雰囲気の中、開始された。
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おさらい:
主人公は、クレア・ロゼ・レミントンで公爵家の令嬢です。
前世が天才魔法使い、ミレア・マヴィリスでした。
ミレアとして生きていた時、魔王討伐のために組んでいたパーティのメンバーが
人間であり勇者のノクス、エルフのフォンス、ドワーフのトッコ。
エルフとドワーフは人間と違い、長寿なので、魔王討伐の時から、生き続けています。
ノクスは人間なので、あれから三百年経った今、既に亡くなっているのです。
勇者ノクスは魔王を倒し、初代健国王となり、アウラ王国が誕生しました。
そして今回、ライト副団長がノクスと瓜二つの外見だったので、てっきりノクスの生まれ変わりかと、みんな思っていました。ですが実は違うことが判明。ライト副団長は、ノクスの生まれ変わりではありませんでした。
ちなみに師匠のフルネームはレノン・S・グレープ。
ライト副団長のフルネームはライト・アーク・スタンリー。
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