33:どんな反応をするだろう?
「聖皇様、ごめんなさい」
「えっ、ま、待ってください、レミントン公爵令嬢! わたしはまだハッキリ言葉にすらしていないのです。それなのに『ごめんなさい』と言われては……! せめてチャンスをいただけないでしょうか!」
「……? 私の今の謝罪の言葉は、聖皇様のお気持ちを、あっさり片付けようとしてしまったことへの謝罪ですが」
オルゼアは「そ、そうだったのですね……」と大きく息をはき、心から安堵した表情になった。そして改めて私を見て、これまで以上に頬を赤くしながら尋ねる。
「早とちりをしてしまい、失礼しました。……お話の続きを、聞かせていただけますか」
「はい」
そこで私は正直に、自分の気持ちを話した。
出会いは本当に数奇だったが、今があるのはオルゼアのおかげであり、心から感謝していること。その出会いをきっかけに、オルゼアが暗殺者に命を狙われていることを知った。聖皇として懸命に尽くしているのに、命を狙われるのは、とても理不尽であると感じていること。私の魔法で助けることができるなら、助けたいと思っていると、打ち明けた。
さらに、普段なかなか助けることができない人たちを助けたいと思っているその志に、共感したこと。だからこそ今日、街へ向かい、危険な目にもあったものの。あの母親を救うことができて、心から嬉しいと思っていると伝えた。
心の距離は縮まり、私自身、オルゼアに対し、寄り添いたい気持ちになっていると、明かしたのだ。
「ただ、どうしても不安なのです」
「不安とは何なのでしょうか」
「聖皇様が、変わってしまうのではないかと」
「わたしが変わる、とは、どういうことですか……?」
その説明が、一番難しいものだった。
でも何となく、私のように突然、前世の記憶が甦り、別人のようになってしまうのでは……そんな風に考えてしまい、不安だと話すと……。
「確かにレミントン公爵令嬢は、ご自身が前世で魔法使いであったと思い出し、突然魔法を使える様になりましたよね。でも地下牢で会った時のあなたと、今のあなたに、変化はないと思います。あるとすれば、魔法を使えるようになったこと。魔法を使えることで、少しお転婆になったこと、ぐらいではないでしょうか」
オルゼアはそう言って明るく笑う。
「わたしは……レミントン公爵令嬢のように、前世を思い出すのかさえ、分かりません。でも大丈夫です。わたしはわたしですから。それに自分の前世がレミントン公爵令嬢のように、魔法使いだった……なんてことはないと思います」
オルゼアの前世が魔法使いだった……ならばよかったのに。もしここで私が「聖皇様の前世は、あの魔王ルーファスです。そしてルーファスは、私を道連れにして滅んだのですよ」と打ち明けたら、どんな反応をするだろう。
そんなことを思っていると、王城での聖皇庁の出張所という名の、大邸宅に到着してしまった。
「まだ話し足りないのですが、明日は朝から行事が目白押しです。今日は街で冒険もしました。お疲れでしょう。体をゆっくり休め、明日に備えていただいた方がいいと思います。……わたしは先ほどレミントン公爵令嬢の話を聞けて、かなり気持ちが落ち着きました。わたしが誤解していることもあったのだと、気が付けましたし。わたしが答えを少し急ぎすぎたり、求めすぎたりした部分もあり、そこは申し訳なく思います。またゆっくり話しましょう」
部屋まで私をエスコートしながら送ってくれたオルゼアは、そう言って優しく微笑んだ。彼のその顔を見ると、私もなんだか落ち着く。最後はお互いに笑顔で「おやすみなさい、また明日」で別れることができた。
そうして部屋に入ると、メイド達は入浴の準備を始めてくれる。同時に私はドレスを脱ぎ、ローブへ着替えた。まだこれから入浴だが、疲れがドッとそこで出た気がする。
ひとまずオルゼアとは先程馬車で話し、すべて解決したわけではないが、誤解はなくなったと思う。問題は……ノクスだ。明日以降、ノクスに声をかけられたらどうしたらいいのか。
結局、前世の記憶を取り戻したことを話さずに終わったが、王都にはフォンスもトッコもいる。そして師匠もいるかもしれない。ノクスと彼らが接触すれば、私が前世の記憶を取り戻していることは、すぐにバレてしまうわけで……。
頭の痛い問題が残っているが、明日のことがあるので、とにかく休む準備を進めることにした。
◇
「明日は朝から、行事が目白押しです」
オルゼアはそう言っていたが、まさにその通りだ。今日は朝から明日の建国祭本番に向け、いくつかのセレモニーの予行練習に立ち会った。さらに建国祭で振る舞われる料理の食材調達……つまりは建国祭の奉納狩猟なるものまで行われ、ギャラリーとして参加した。
昼食会では各国大使と挨拶をするオルゼアと共に、外交にいそしむことに。
こうして今日という日がそろそろ終わりそうな時間に、霊廟に向かうと言われた。
霊廟……それは初代建国王と言われたノクスと、その王妃ミリアのお墓がある場所だ。そこで明日からの建国祭がうまくいくよう、祈りを捧げ、かつ鎮魂を願う行事が開催される。これには王族全員と聖皇、フォンスとトッコも参加するという。
結局、今日一日いろいろと立ち会ったが、それは主催者側というか、国の行事ばかりだった。自分がレミントン公爵家の一員として、建国祭を見に来ていた時は、今思えば完全に観客。でも国と立場を同じくする聖皇のパートナーとして参加すると、こんなにもやることがあるのだ。そして魔王討伐の現役メンバーとして、フォンスとトッコも王都にいるのだが、二人は国側という立場ではなかった。
よって予行練習にも、奉納狩猟にも、参加することはない。
ただ、初代建国王の霊廟に行くとなると、話は違ってくる。何しろ初代建国王を知る二人なのだ。当然、参列することになる。そこでようやく私は、二人に会えることになった。
とはいってもそれも現地についてからのこと。今は霊廟に向け、オルゼアと二人、馬車に揺られていた。
霊廟に向かうので、オルゼアも私も黒の衣装を着ている。
オルゼアは、銀糸の刺繍があしらわれた黒のローブ姿。首からは、ローブよりワントーン明るい黒のショールを身に着け、そこにはグレーで聖皇庁の紋章が描かれている。頭には黒い生地で作られた聖皇冠。私は黒の別珍のジャケットに、黒のスカートだ。
霊廟は王都の中心部ではなく、王城から馬車で一時間程の郊外にある。そこは広々とした森が広がり、自然豊かな場所。その森の中に、美しい石造りの霊廟が建造されていた。
「レミントン公爵令嬢、疲れていませんか」
馬車に乗り込むと、隣に座ったオルゼアが、心配そうに尋ねてくれた。
「……本音を言わせていただくなら、とても疲れました」
実際、へとへとだった。毎年、建国祭の前日に、こんなに王族やオルゼア達がいろいろなことをしていると、知らなかった。これらをこなした上で、当日を迎えていることには「すごい」ともはや畏怖の念すら、覚えてしまう。
「きっと疲れているだろうと思い、これを用意しましたので、どうぞ」
微笑の聖皇のオルゼアが私に渡してくれた箱を開けると、そこには様々なドライフルーツが入っている。アプリコット、イチジク、キウィ、クランベリーなど、彩りも鮮やか。
「ありがとうございます!」
疲れた時は甘い物。チョコレートやキャンディもいいが、フルーツは甘酸っぱさもあり、飽きないでいただくことができる。これを用意してくれたオルゼアのセンスに感動しながら、パクパクと食べていたが。
「あ、あの、聖皇様は、召し上がらないのですか?」