2:悪い冗談としか思えない
「手枷の鍵を持ってきました!」
「早くはずしてあげてください。そちらのベッドに寝かせましょう」
自分が地下牢にいることさえ、クレアが認識できていなかったのは、覚醒がじわじわと始まっていたからだろう。激しい頭痛も覚醒の兆し。完全に前世の自分を取り戻した今、頭痛も綺麗さっぱりおさまっている。だが手枷で壁につながれているなんて屈辱からは、解放されたい。よって具合が悪いふりを続け、そして今、看守により私はベッドに寝かされた。
しかしとんだタイミングで前世の記憶を取り戻すことになった。本当はもっと早くに覚醒したかったというのが本音。でもここで覚醒したのは、前世での因縁ゆえだろう。
なぜなら。
目の前に見つけてしまったのだ。魔王ルーファスを。
ルーファスは『コランダムの心臓』を持つことで、転生を繰り返す。すべてのスキルを引き継ぎ、転生する。その際、容姿も踏襲されると、私の師匠である大魔法使いは言っていた。だが、容姿は微妙に違う。まず魔王の特徴の一つだった角がない。瞳も髪色も違う。でもそれ以外は……。ルーファスだと理解できる姿だ。
つまりは私に話しかけたアイスブルーの長い髪に、銀色の珍しい瞳の男性、それこそが転生した魔王ルーファスだ。この角のない容姿から判断するに、ルーファスは打ち止めだろう。つまり『コランダムの心臓』を、もう持ち得ていない。ゆえに角もなく、髪や瞳の色も違うこの姿。
『コランダムの心臓』により繰り返される魔王ルーファスへの転生ではなく、普通に輪廻転生で生まれ変わったのだろう。
それにしても聖皇庁の衣装を着ていると言うことは、聖官の一人ということだ。元魔王が神に仕える聖官に転生しているなんて、悪い冗談としか思えない。
聖官というのは、聖皇に仕える、神職者の一種だ。聖皇庁は国内の神殿を管理する省庁で、そのトップが聖皇。聖皇は、神聖力と言われる、傷や病を癒す力を使える者が就任する。その聖皇に仕える聖官もまた、聖皇程ではないが、神聖力を使えると言われていた。
元魔王が人間の傷や病を癒す?
ふと笑いそうになると、元魔王様に声をかけられた。
「クレア・ロゼ・レミントン、気が付きましたか? 先ほどからあなたに神聖力を使っていますが、具合はどうですか?」
そう言われると、目を閉じ、具合の悪いふりをしていたが、頭の辺りがずっと心地よく感じていた。
魔王ルーファスが神聖力を使っていたのか……。
はっ! 神聖力!
私を道連れにして転生し、私は火あぶりの処刑待ち、自身は魔王とは真逆の聖官となり、この牢獄に……うん? この牢獄に何をしに来たの?
「聖官様、ありがとうございます。おかげで具合はかなりよくなりました」
それでも体を起こせば、再びあの壁につながられる気がしたので、仰向けのまま魔王ルーファスに声をかける。
「それは良かったです。どうやら一晩中、あの状態だったようですね。いくら罪人でも、夜はベッドで眠る権利があります。ここの看守長には、きちんと配慮するように伝えますが……」
愁傷ぶる元魔王に、シュールな気持ちになる。さらにその銀色の瞳をじっと見るが、大変誠実そうだ。あの猛禽類を思わせる、魔王ルーファスの金色の瞳の面影はない。髪色や瞳の色は違えど、明らかにその見た目はルーファスなのに。完全に聖官の一人にしか見えなかった。ということはつまり、ルーファスは覚醒していない……。魔王の記憶を取り戻していない。
「残念ながらこの監獄が改善されても、クレア・ロゼ・レミントン、あなたにはもはや関係ないことですね。わたしがここへ来たのは、そのことをお伝えするためでもあります」
「え、それはどいうことですか!? 火あぶりの刑に確定したことは知っていますが。刑の執行がいつになるかは、聞いていないのですが!」
思わず、上半身が浮き上がる。
「そうですね。急に決まったと聞いています。今月末には建国祭が控えていますからね。血なまぐさい刑罰は先に済ませ、来週からはお祝いムードに入りたいと、国王陛下は考えたのでしょう」
何の悪い冗談かと思う。せっかく覚醒したというのに。建国祭の平和ムードの演出のため、極刑を受ける犯罪者が、一括処分されるということ!? 私が本当に罪をおかしているなら、それも仕方がない。でも無実なのに!
「目立たないよう、刑は執行されると聞いています。街の広場ではなく、この監獄内の広場で執行されるそうです。今晩遅くに」
「こ、今晩遅くに!?」
今晩遅くに刑が執行される……!
衝撃を受け、完全に上半身を起こすことになったが、壁につながれることはない。
「ええ、今晩遅くです。処刑される身とはいえ、それでも人の子。最期の願いを聞き、わたしが祈りと罪の許しを与えるために、ここへ来ました」
今晩、火あぶりになることに、もう衝撃を受け、一度思考が停止する。そんな私を見て魔王ルーファスは申し訳ないという顔をしているが……。
違うでしょう、と思う。どうして魔王だったあなたが憐れみの目で私を見ているのですか! 本来、逆だと思いますが。
魔王ルーファスは人間を滅ぼすべく、モンスターの大群を村や街に放ち、殺戮の限りを尽くしてきた。それが「わたしが祈りと罪の許しを与えるため」ですって。ふざけないで欲しい。
「死刑囚に与えられる最期の権利。それは三つから一つを選ぶことができます。一つ目は最期の晩餐。つまりは望む食事を用意します。勿論、すべて対応できるわけではないですが、可能な限り、配慮されるということです。二つ目は家族との面会。これは本人と家族、その双方の気持ちが一致した時のみ、実現可能です。家族が断った場合は、残り二つから選びなおしていただきます」
そこで一息いれ、魔王ルーファスは、落ち着きのある少し高音で話を再開させる。
「三つ目は身支度を整える。通常でも入浴し、身綺麗にしますが、三つ目を選んだ場合は、着飾ることが許されます。宝飾品やドレスの着用が認められるということです。……貴族の場合、三つ目を選ぶ方もいると、お聞きしています」
長ったらしく魔王ルーファスが話している間に、私は魔法をいくつか小声で詠唱してみた。でもやはり魔法の杖……魔法石がないので、効果は発揮しないようだ。この世界は、私が生きていた時代から、三百年後だ。それはクレアの記憶で確認済み。残念ながらエルフもドワーフもその数をぐっと減らし、魔法使いの数も横ばい……やや減少だが、まだ存在している。
三百年の時が経っているので、魔法でも革命が起きたかもしれない。魔法石がなくても、呪文だけで魔法が使えるかも……なんて期待したが、魔法石がないとやはりダメなのね。でも魔法石が手に入れば、恐らく、魔法を使えるはず。
そう思うのは、私が呪文をすべて覚えていて、髪色も瞳の色も、体つきも含め、すべてミレア・マヴィリスの頃と同じだったからだ。これで魔法を使えないなんて、詐欺だと思う。
それにしても何度も魔王と勇者の夢を見ていたのに、ドワーフやエルフが多く存在するという東都に、クレアは足を運んだことがなかった。もし遊びに行ったとしても、自分が魔法使いだとは思わないだろうから、魔法石は手に入れていないだろう。それでも今、喉から手が出る程、魔法石が欲しいので、なんだか悔やまれる。
何よりも今晩、刑が執行されるのを、阻止しなければならない。だが魔法の発動に必要な、魔法石はない。
ならば三百年前のあの日あの時。使うことができなかった切り札を、行使してみても、いいかもしれない。切り札を使い、魅了の魔法を発動し、前世魔王ルーファスを操る。
「どれにするか、決まりましたか?」
黙り込む私を見て、三択でどれを選ぶか考えていると、魔王ルーファスは判断したようだ。大人しく私を見守る元魔王を見て、しみじみ思う。
転生しているのに、前世の記憶は覚醒していないのね、彼は。覚醒されたらされたで、また魔王を目指されては困る。このまま覚醒せず、聖官の一人として、おとなしく生きてほしいが……。
でも、今は状況が状況。前世で私の命を奪ったのは、この魔王ルーファスだ。一介の聖官がどこまでできるかは分からない。でもこの監獄を出るぐらいは、できるのではないかしら? 私に手を貸したとなれば、ルーファスも罪を問われるかもしれない。
そこは申し訳ないと思う気持ちが、ないわけではない。
それでも私の人生を奪った相手。躊躇する必要はないと、良心に言い聞かせる。
お読みいただき、ありがとうございます!
【完結のお知らせ】
一気読み派の読者様、お待たせいたしました!
『断罪終了後の悪役令嬢はもふもふを愛でる
~ざまぁするつもりはないのですが~』
https://ncode.syosetu.com/n2528ip/
断罪終了後に覚醒し、国外追放され、どこの国にも属さない通称“もふもふの森”へやって来た私。
悪役令嬢に転生したけど、一番キツイ断罪が終わった後なのだ。
大のもふもふ好きな私は、新天地でスローなライフを楽しみます!
と思っていたのですが……?
断罪終了後シリーズ第五弾は、久々のもふもふ癒し系!
もふもふの癒しだけではない
構成にも工夫をした作品です。
「あっ」という驚きと出会いたい読者様。
ページ下部のテキストリンクから遊びに来てくださいませ!