24:甘党
思わずあわあわしてしまう。そんな私を見ると、オルゼアはクスクスと微笑んだ。
「建国祭は明後日からですが、明日はその建国祭本番前のいくつかの儀式があり、忙しくなります。でも今日はこの挨拶が終わり、夕食会までは自由の身です。……冒険をしませんか、レミントン公爵令嬢」
「え、冒険、ですか!?」
「レミントン公爵令嬢は、魔法を使えるのですよね。姿を変えて、わたしと二人、街へ冒険に行きませんか? 既に街はお祭りモードですよ。王城へ行くため、寄り道をせず、メイン通りに沿ってきましたよね。でも既に広場や公園では、沢山屋台も出ているそうです」
オルゼアが私と二人で街へ行く!? しかも魔法で変身して。街は既にお祭りモードで、屋台も沢山出ている……。
品行方正な聖皇であるオルゼアが、こんな提案をするとは思わなかった。
「建国祭は、聖皇庁に引き取られる前に、両親と来たことがあるのです。あの時は自由でした。両親に『迷子になるわよ』と言われながらも、屋台を見て、公園に行って、前夜祭のパレートを見て……。久しぶりにあの時のワクワクを、体験したくなったのです。わたしだけではなく、レミントン公爵令嬢にも、このワクワクを体験させてあげたくなりました」
その表情はいつになく生き生きとして、まるで少年のようだ。その顔を見ていると、なんだか私も楽しい気持ちになってくる。それに冒険。前世は魔王討伐パーティにいたのだから。冒険という言葉には弱い!
「分かりました。では部屋の窓を開けてお待ちください。護衛の聖騎士の皆様には、お互い部屋で休んでいることにしましょう」
こうして部屋に戻ると、早速、魔法で変身をする。
髪は、ゴールデンブロンドでポニーテール。瞳の色は、琥珀色に。ドレスではなく、町娘が着ていそうな、コスモス色のワンピース。ウエストに革ひものベルト、お揃いの色の革のブーツを合わせた。パウダーピンクのショートケープをはおり、コインを入れた巾着袋を、ワンピースのポケットにしまった。
用意を終えると、窓から庭に出て、オルゼアへの部屋に向かう。
彼の部屋が近づくと、庭にも聖騎士の護衛がずらりといる。王宮の警備もいるため、とても厳重そうだ。こうなると私は……聖騎士に私の姿が見えるよう、庭にいる全員に一気に魔法をかけた。
窓をコンコンとノックすると、驚いた顔のオルゼアが、私を部屋に入れてくれる。
「髪と瞳の色、そして服装が違うだけで、別人ですね」
「聖皇様は髪の長さも変えて、色も変えますから、もっと別人になれますよ」
私の言葉にオルゼアは、微笑の聖皇になる。
微笑む彼に、魔法をかけると……。
ライトゴールドの短髪、瞳はヘーゼル色。服装は白シャツにマロン色のセットアップ、ウールの厚手のオリーブグリーンのマント、シナモン色のブーツと完全な別人になった。姿見に映る自身を見たオルゼアは、驚きで目を丸くしている。
「これなら絶対にバレませんね」
「はい。でも外に出ると、二人とも聖騎士に見えます。街へ出れば、現在の姿で皆に認識されますから」
「ふふ。レミントン公爵令嬢、完璧ですね。後は名前の呼び方を変えないと……」
名前! 確かにそうだ。
ちゃんとそこまで気が回るなんて、オルゼアは……これまでもお忍びで聖皇宮を抜け出したことがあるのかしら?
結局お互いのミドルネームで呼び合うことになった。私はロゼ、オルゼアはリック。
広い王城の敷地から、徒歩で抜け出すには時間がかかったが、なんとか街へ出ることができた。街の広場に向かうと、確かにそこはオルゼアが言う通り、既に建国祭のお祭りムード満点だった。沢山の屋台も出ているし、多くの人出がある。隣国から来ている者も多いようで、普段見かけないような外国人も沢山いた。
「さあ、楽しみましょう、ロゼ」
エスコートではなく、オルゼアは私と手をつないだ。こんな風に異性と手をつなぐなんて、勿論慣れていなかった。しかも相手は、魔王ルーファスの生まれ変わり。それでも二人とも魔法で変装しているからか、緊張することはない。人混みだったし、そうするのが当たり前のように手をつなぎ、広場に向け、歩き出すことができた。
もうすぐお昼に近い時間だった。
自然と美味しそうな香りを漂わせる屋台へ、足が向かっている。
屋台には、お祭りの定番とも言える食べ物が、沢山売っていた。今の季節だと食べ歩きできる焼いたマロン、スライスしたバケットが入ったオニオンスープが人気。甘いのものでは、リンゴ飴ではなく、チョコレートをコーティングしたチョコリンゴが、個人的には気になっていた。
「ロゼはリンゴが好きなのですか?」
「えっ!」
「さっきはリンゴ飴をじっと見て、その次はリンゴのタルト。リンゴのコンポートとアップルパイも、見ていましたよね」
そんなに私は、リンゴばかり追っていたの!?
そう思う反面。
リンゴを追う私を、オルゼアがしっかり観察していたのかと思うと、急激に恥ずかしくなる。
一方のオルゼアは心躍る提案をしてくれた。
「このチョコリンゴは、食べ応えがありそうですね。一つずつ買って、川沿いのベンチに座り、食べませんか?」
「お昼なのに、いきなり甘い物を食べるので、いいのですか?」
「ええ。わたしはこう見えて、甘党です」
魔王ルーファスは、甘党だったの!?
いや、覚醒していないなら、これはオルゼアの好みなのかしら?
ともかくオルゼアは、砕いたナッツがトッピングされたチョコリンゴ。私は粉糖がまぶされ、雪のように見えるチョコリンゴを手に入れた。そして二人で広場を抜けた先にある川へと向かう。
丁度お昼時だったので、川沿いは沢山の人々でにぎわっている。皆、手に入れた屋台の料理を、楽しそうに口へ運んでいた。ベンチはあいにく満席。そこでオルゼアは河川敷に自身のマントを敷き、座るようにとすすめてくれる。
「ロゼは楽しめていますか?」
「はい。両親と建国祭に来ても、食事はレストランで食べ、屋台は雑貨屋を少しのぞくぐらいだったので」
「そうでしたか。でも公爵家の令嬢でしたら、そうなりますよね。足は疲れていませんか?」
「ヒールのほとんどないブーツなので、大丈夫ですよ」
オルゼアとそんな風に話しながらチョコリンゴを食べるのは、不思議な気分だった。まずは魔王ルーファスの生まれ変わりである彼と、こんな風に牧歌的にチョコリンゴを食べていることに、現実感が伴わない。
それにオルゼアは、平民時代を経て聖皇になったことから、庶民の楽しみもよく分かっていた。私は前世では、森で自給自足の生活を師匠と送っていたのに。転生してからの貴族生活にすっかり馴染んでしまい、自給自足の日々を、既に忘れている。
それでいて食に関する記憶は、バッチリ残っているのよね。お祭りの定番料理に詳しいのは、前世の記憶だった。
「このチョコリンゴ、よくよく考えると、リンゴをひとりで丸ごと食べたわけですよね。想像以上に、満腹になりました」
オルゼアが自身のお腹をさすった。
「そう言われるとそうですね。揚げポテトやソーセージも、食べたかったのですが……」
そんな風にぼやくと、オルゼアがなんだかドキリとするようなこと言う。
「もしわたしが平民のままで、ロゼも町娘だったら。こういうお祭りで出会い、仲良くなって、夕食会の時間を気にすることもなく、自由に食事を楽しめたのでしょうか」
「オル……いえ、リック、それは……自由が欲しいということですか?」
するとオルゼアは顔を上げ、よく晴れ渡った空を見つめた。
「平民だったわたしが聖皇に選ばれ、何不自由のない生活を送らせてもらっているのです。それなのに自由を望むのは、贅沢ですよね。……ただわたしのこの力を使う相手が、限られているのが……。時々、聖皇宮を抜け、街へ行っているのですよ。実は。聖官や聖騎士が知ったら、大変なことになりますが」
「ま、街へ出て、何をされているのですか!?」
「そうですね。病院へ行くこともできない人たちもいますから。孤児院とかそういった場所に、顔を出しています」
「……!」
お忍びをしていたことがあるのでは?と思ったが、正解だった。
でもそれは遊びのためではない。おそらく貧民街や孤児院に足を運び、神聖力を使い、病人や怪我人を治療しているのだ。
魔王ルーファスの生まれ変わりなのに。前世とは真逆過ぎない?
もう、覚醒しなければいいのに。ずっとこの心優しいオルゼアのままでいてくれたら……。
お読みいただき、ありがとうございます!
本作で初めて感想をいただけて気分が盛り上がり↑↑↑ましてぽちっとしていました☆彡