17:今は……
あっという間に建国祭に向け、屋敷を出発する日を迎えてしまった。
雲は少しあるが、今日は一日晴れるだろうと、朝食の席で父親が言っていた。既に荷物はトランクにまとめ、馬車に積んである。同行するメイドや従者はエントランスに集合し、なんだかバタバタしている。
一方の私は、ついさっき師匠から届いた指輪を、左手の人差し指につけたところだ。アイスブルーの美しい魔法石が埋め込まれた、純銀の指輪。これに魔法石が壊れないよう、防御の力を込めてくれたのは、フォンスだ。
フォンスが力を込めてくれたと思うと、嬉しくなってしまう。
「クレア様、ケープはこちらでよろしいですか?」
「ええ、それよ。聖皇様が届けてくれたものだから、着て行かないわけにはいかないわ」
オルゼアはパートナーである私に過不足がないようにと、今日までの間に、いろいろな物を届けてくれた。支度金を渡してくれているのに。宝石からこのケープを含め、ドレス、帽子、靴、鞄……。
その気遣い、心配りには、相手が魔王ルーファスの生まれ変わりであることを、忘れそうになる。
何より驚くのは、品物と一緒に添えられている手紙。
オルゼアは西都を八日間、あけることになる。よってすべきことは沢山あり、忙しいはずなのに。とても心がこもった直筆の手紙が届くのだ。その文字もとても秀麗。
手紙は天気の話から始まり、私を気遣う言葉へと変わっていく。それはこんな風に。
「今朝起きると、寒さをより一層強く感じました。乾燥も強まりましたよね。喉を痛めるといけないので、ハーブを配合したキャンディを贈ります」
これがあの魔王ルーファス? そう思う反面。
“あの魔王ルーファス”とは何だろう?とも考えてしまう。
「村が焼け落ちた。魔王ルーファスの仕業だ!」
「牛と馬がやられた。魔王ルーファスがやったに違いない」
「村人がさらわれた。魔王ルーファスが犯人だろう」
そういう声を頼りに、魔王ルーファスがどこにいるのか、探す旅を続けた。村人や町の住人の声を頼りに旅をしていたのだ。本当にルーファスがやったことなのか、確認は……していない。
もしかしたら村人がうっかり火の消し忘れをしただけなのかもしれない。モンスターが家畜を襲った可能性だってある。盗賊が村人をさらったとも考えられた。
すべてがすべて、魔王ルーファスが犯人ではないのかもしれない。彼を絶対悪と考え、すべての罪を彼に被せてしまったが、本当は……。
いや、なぜそんなことを考えてしまうのだろう? それは間違いない。オルゼアから届く手紙やギフトのせいだ。とても魔王ルーファスが転生したとは思えないと。
だが忘れてはいけない。彼はまだ覚醒していないだけ。魔王ルーファスの記憶を取り戻したオルゼアが、今と変わらない気遣いや気配りができるのか……。
ただ、オルゼアのその身には、神聖力が宿っている。その力の基本は浄化、清める力だと師匠は言っていた。もし覚醒したオルゼアが何か邪な考えを持ったとしても、それは彼の中の神聖力が打ち消す可能性もあった。魔王ルーファスの記憶を取り戻した彼がどうなるのか。これはもう本当に、未知数だった。
「クレア様、先触れが来ました。聖皇様は聖皇宮を出発され、こちらのお屋敷へ向かっているそうです」
「分かったわ。ありがとう」
師匠から指輪が届いた後。可能な限りの範囲で防御魔法を展開した。とはいえ、レミントン公爵家の屋敷から聖皇宮は遠い。それでも防御魔法の範囲に入れば、敵襲を察知できる。
なぜオルゼアを守ろうとしてしまうのか。それは彼が今はただの聖皇だからだ。魔王ルーファスの記憶は取り戻していない。覚醒していないのだから。よって今は、彼を守る……。
それにオルゼアを狙う黒幕の目的が、どうしても腑に落ちない。そんな理由で聖皇を狙うことは見過ごせない。そんな気持ちにもなっていた。
そう。師匠からの連絡で、オルゼアを狙う黒幕が判明した。
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そして。
『断罪回避を諦め終活した悪役令嬢にモテ期到来!?~運命の相手はまだ原石でした~』という作品ですが、ネット小説大賞チーム様から感想いただけました(感謝)!
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