16:いりません!
エルフの血を引き継いでいる。だから制約の魔法を使おうが問題ない……という言い方を師匠はするが。「はい、そうですか」と言えるわけがない!
「では、こうしてください。聖皇オルゼアが覚醒し、魔王ルーファスの記憶を取り戻したら、もう年貢の納め時と諦めます。魔法が通らない聖皇からは逃げきれない……でしょう? それならば私に、魅了の魔法をかけてください。聖皇オルゼア受け入れることができるように。いやいや魔王と過ごすより、むしろベタ惚れしてしまった方が、気持ちが楽です」
師匠が絶句し、何も言えなくなっている。こんな師匠、実に珍しい。口から生まれてきたみたいに、よくしゃべる師匠なのに。
「……愛弟子よ。魅了の魔法を、魔王ルーファスの記憶を取り戻した聖皇オルゼアを愛するために使うなら、俺を愛するために使えばいいのでは?」
「それ、真剣に言っています? 今すぐ千里眼の力を使い、制約の魔法も使って、天に召されてください」
「ひどい言い草だな、ミレア・マヴィリス」
しばらく師匠と言葉の応酬をして、リンゴの紅茶を飲み干す。
「愛弟子よ、あまり自分を追い込むな。万策尽きたわけではない。幸か不幸か、あの聖皇は、暗殺者に命を狙われている。覚醒する前に、命を落とす可能性だってあるのだから。聖皇の死を期待するなんて、罰当たりと分かっている。あくまで魔王ルーファスとしての聖皇の話だ」
そうだった。そもそもここ(お店)に訪れたのは、魔法を使えるようになり、その暗殺者から身を守るためだった。
「師匠は暗殺者やその黒幕について、何か分かっているのですか?」
「正直、狙われているのは聖皇だ。魔王ルーファスが転生した聖皇。よって申し訳ないが、眼中になかった。だが愛弟子が狙われるとなれば、話は別だ。昨日の今日のことだから、まだ調べ切れていない。だが暗殺者とその黒幕について分かったら、伝えよう」
そう言うと師匠は、チョコレートを食べさせてくれる。ドライストロベリーがホワイトチョコレートでコーディングされており、甘酸っぱくて食感も含め、美味しい!
「連絡を取るのに、魔法を使えないと不便だ。この指輪を使うといい」
師匠は右手に二つ、左手に三つの指輪をつけている。そのうちの小指につけていた、白金色の珍しい宝石のついた指輪をはずし、私の右手の薬指にはめてくれた。
「ありがとうございます、師匠。……師匠は今、どこに滞在されているのですか?」
「まあ、適当にふらついているよ。俺は木の上でも眠れるからな」
「冬ですよ……」
「魔法があれば関係ないさ」と答えた師匠は、懐中時計で時間を確認する。
「ランジェリーショップに入ってから、三十分しか経っていないことになっている。それでどうする? どんなランジェリーを用意する?」
「!? 師匠は用意しなくていいです! 自分で用意しますから!」
「ふむ、そうか。子供の頃は、リンゴの絵がついたパンツを用意すると、喜んでいただろう? それを」「いりません!」
まったく師匠は! 俺と結婚しようと言い出したかと思えば、子供の頃の話を持ち出して。まったく私のことを、何だと思っているのやら……。
適当に魔法で用意した下着を、これまた魔法で用意した紙袋に入れ、店を出る。
「じゃあな、愛弟子。また連絡する」
「はい。凍死しないでください」
「そうなりそうになったら、お前のベッドに潜り込むよ」
「凍死してください」
かなり師匠と話し込んだはずなのに。外に出ても、何も変わっていないように思えた。馬車道を挟んだ向かいのお店、本屋の店主は相変わらずレジでうとうとしている。店の入口では、犬が寝そべっていた。その近くに直立不動で私を待つ、聖騎士の姿も見える。
私が馬車道を横断しようとすると、聖騎士二人が道に出てきて、安全確認をしてくれる
「ありがとうございます。買い物は終りました。欲しかった物は手に入ったので、屋敷に戻ろうと思います」
「かしこまりました。では馬車まで戻りましょう」
カシャカシャと甲冑の音を響かせる聖騎士に前後を挟まれ、私は通りを歩き出す。チラリと馬車道を挟んだ金物屋と家具屋を見る。もうそこに師匠がいた店は、見えなくなっていた。