13:罪滅ぼしのつもり?
師匠が私にプレゼント? 無料……?
「え、それは無料で師匠が私にくれる、ということですか?」
驚愕しながら、師匠に尋ねると。
「勿論だとも」
「なんだか怖いのですが」
「何?」
「後から対価として、変なことを押し付けられませんか?」
師匠は「何も要求しない。俺を信じろ」と言い、カウンターから出てくる。今度は私を立ち上がらせ、棚の前に連れて行く。
改めて見る魔法石は、どれも本当に美しい。棚の上に行くほど、値札のゼロの数が増えている。でもそこは師匠が出してくれると言うのだから、値段は気にせず、選ばせてもらうことにした。
しかし無料程怖いものはないが、罪滅ぼしのつもりなのだろうか。自身がとんずらし、私に苦労をかけたことへの。
そうだ、どうしてとんずらしたのか。その理由をまず聞きたかった。魔法石をじっくり選んでいる場合ではない。とっとと決めてしまおう。
魔法石は、自身の瞳と同色のものが選ばれることが多い。そこでアメシストのような紫の魔法石を見ていると……。その隣に並べられたアイスブルーの魔法石に、目が行ってしまう。なぜかしら……。
「おっ。さすが愛弟子。それが気になるか。それは一般的にはアイスブルーダイヤモンドと言われており、宝石としても希少性が高い。魔法石としても、実に優れているぞ。これを純銀で加工すると、その白い指にはえるだろうな」
師匠にそう言われてしまうと、もうこれしかないように思えてしまう。もう少し迷うと思ったが、これに決めてしまった。
「リングの装飾は俺が指示を出しておく。その指に映えるものにするから、任せておけ」
このワイルドさに似合わず、師匠は技巧に凝るタイプだった。魔法で衣装を用意したりすると、人智を超えたレベルの刺繍があしらわれている。よって私が彼の弟子として暮らしていた時に着ていた服は……もう王族の姫君クオリティだった。無駄に。
私がそんなことを思いだしている間に、当該の魔法石の購入手続きを終えた師匠は、羊皮紙に羽根ペンで、何かをスラスラと書き記す。それを終えるとそのアイスブルーの魔法石と羊皮紙を、どこかへ魔法で転移させた。
「愛弟子よ。王都へ出発するのは明後日だろう。それに間に合うよう、屋敷へ届けさせるから、安心するといい。ところでこのお店に協力しているエルフが誰であるか、気にならないか」
「え……。どうでしょうか」と考え、あるエルフの名を浮かべる。
フォンス・セントクレア。
そう、共に魔王討伐パーティで一緒だったエルフだ。
エルフは自身の年齢を明かさない。特に人間に対しては。なぜならたいがいその年齢を伝えると「えっ!」という反応を人間がするからだ。
エルフというのは千年生きようが、三千年生きようが、その容姿は変わらない。自身が定めた姿で生きることができる。よって人間でいう、十八歳ぐらいにしか見えないのに「二千三百歳ですが、何か」ということが多々ある。
フォンスは戦闘経験も豊富で、知識もあった。見た目は当時の私と同じぐらいに見えたが、間違いない。かなり年上であると。大ベテラン。つまりはもう三千年は生きているに違いないと。
よってあれから三百年経った今。フォンスはもう、生きていないと思った。
「なんだ、会いたくないのか、このお店に協力しているエルフに。フォンス・セントクレアに」
「! まだフォンスは生きているのですか!?」
「当然だ。フォンスはまだ三百二十四歳。当時の愛弟子とそこまで年齢差はなかったわけだ」
これには驚き、でも嬉しくてならない。当然だが、フォンスに会いたい!
「フォンスは魔王討伐後、侯爵位を授けられ、東都の地を治めている。当然だが、今月末の建国祭にやってくるから、そこで会えるぞ」
「そうなのですね。……もしやトッコは……?」
トッコはあの時点で自身の年齢を教えてくれていた。二百八十七歳と言っていた。あれから三百年経つので、もう平均寿命の五百歳を超えている。既に『約束された永遠の国』に渡ってしまっただろうか?
「うん。トッコも好々爺になったが、まだ頑張っているぞ。フォンスのところで居候を続けている。爵位を授けられたが、もう年だからな。家督は譲り、今は悠々自適な身だ。フォンスと一緒に建国祭に顔出すだろう」
「ではトッコにも会えるのですね……!」
かつて魔王討伐を共にした仲間が、三百年の時を経て、まだ生きている。しかも近いうちに会えるなんて!
オルゼアのパートナーとして、建国祭へ行く決意をしたものの。あの魔王ルーファスのパートナー!?という気持ちは、常に頭の片隅にあった。よって建国祭へ行くことを、心から楽しみに思えない。でも建国祭でトッコとフォンスに会えるのなら! 俄然楽しみになった。
そこでふと気になったことは。
今目の前にいる師匠についてだ。
大魔法使いである師匠レノン・S・グレープ。
師匠は、代々が魔法使いという一族に生まれたが、特異な存在だ。
本来であれば王のそば近くに仕え、王都から魔王討伐の指示を出すランクの魔法使い。でも彼は森で生きることを好んだ。その理由は彼の本当の母親が、エルフだからと言われている。
エルフは、同種族外と婚姻することはないと言われていた。その理由は言うまでもない。寿命の違いだ。エルフはあまりにも長寿。
だが師匠の父親である魔法使いと、エルフの女性は恋に落ち、師匠が生まれた。
よって師匠はただの人間とは違い、長い時を生きている。
ということは、師匠はあの時から三百年を経て、現在に至るのか。見た目は本当に当時と変わらない。
「なんだ、愛弟子よ。そんな熱い視線で俺を見るなんて。三百年ぶりに再会し、ついぞ俺の魅力に目覚めたか」
再び私はレジカウンターの前に置かれた椅子に座り、師匠はカウンターの中から手を伸ばしている。くいっと私の顎を持ち上げ、自身の方へ向けた。
「いえ、師匠が三百年ぶりに出会ったのに、皺ひとつないことがなんだか悔しくて。いっそトッコ同様、好々爺になってくれていたらと思っただけです」
師匠は私の顎から手をはなすと、大きく息をはき、肩を落とす。
「俺のこの良さに気づけないとは……」
「そこ、どうでもいいところなので、話を進めてください」
「うん、つまりは何か、俺が年をとっていない理由を知りたいと? そうさな。俺の母親がエルフであることは知っているだろう。だから俺はこの若さを永年キープだ」
「そんなことは、もうどうでもいいです。それよりも、とんずらした理由を聞かせてください」とツッコむつもりで口を開けかけたが、師匠の長い指が私の唇を押さえた。
「それとだな。俺は愛弟子の前からとんずらした直後に、ここにやってきた。俺はお前の保護者も兼ねているからな。きちんと転生できたか、見守る必要もあった」
「はい? 師匠がとんずらした直後に、三百年後の世界はまだ存在していませんよね?」
「その通りだよ、愛弟子。ゆえに俺は三百年後の世界が出来上がるまで、空白の時の中を漂っていた。俺はお前からとんずらする際、制約の魔法を行使した」
制約の魔法……!
これはとても高度で、大魔法使いである師匠であっても、行使するのに骨が折れる魔法だ。なぜなら魔法を行使した後、得られる結果が大きければ大きいほど、魔法を行使する人間が差し出すものが増えるからだ。つまり制約の魔法を行使するには、等価交換が求められる。
「千里眼を使い、愛弟子がいつ転生するかを確認した。三百年後だ。ならば俺は三百年後のその世界で、愛弟子を迎えようと思った。制約の魔法を使い、俺は三百年後の世界へ転移する。代わりに俺の寿命三百年を差し出した。結果、この制約の魔法は見事行使され、現在に至る」
「師匠は大馬鹿者ですか!? 若さを永年キープできるなら、とんずらした後、どこかの山の中でもこもって、三百年をやり過ごせばいいじゃないですか! 三百年の寿命を無駄遣いするなんて、正気の沙汰ではありません!」
「えっ」と師匠は柄にもない悲し気な顔をして、子供のように言い訳をする。
「だってさ、愛弟子を身代わりにしたんだ。男ではダメだからと言うから。罪滅ぼしの意味もあった。死の苦しみを味あわせることに対して。道連れにされなかったら、愛弟子は結婚して母ちゃんになっていたかもしれない。子供や孫に囲まれ、幸せな人生を送れたかもしれない。それを全部、奪ったのだ。三百年を空白の時で過ごしたのは、俺自身に課した罰だ」
「師匠が何を言いたいのか、さっぱり分かりません。いつもみたいな論理的な説明をお願いします」
師匠は「転生後、気の強さに磨きがかかったなぁ、ミレア・マヴィリス」とブツブツ言いながら、チョコレートをパクっと頬張る。「お前も食っとけ」と言った師匠は、私の口にもチョコを入れた。