11:まさに僥倖
一分以内に探査を終えなければと思っていた時。
「うん!」
二十一時の方角に、魔法を発見。位置は確認できたので「クールダウン」と小さく呟く。魔眼を使うのを止めるための、自分への合図だ。
ジャスト一分ね。ということはその倍の三分間は、行動禁止だ。
魔眼は、突然変異的に手に入る、魔法使いの特殊スキル。魔力が目に込められているのだ。魔眼があれば、魔法を発動させるために必要な魔法石なしで、魔法を行使できる。その方法は、自身の目に力を込め、呪文を詠唱するだけ。便利な反面、魔眼を行使した後に、反動が出る。すなわち魔眼を解除後に、行使した時間の三倍、一切の身動きができなくなる。それを踏まえ、使う時間を調整する必要があった。
身動きはできないが、思考することはできるので、今知り得た情報を脳内で整理する。
なるほど。魔法で実体を隠す遮蔽魔法、見た目を変える変形魔法を使っているのかと思ったら……。空間変容魔法を使っている。ここでお店を出しているのは、並みの魔法使いではないわね。
空間変容魔法。
これは、本来そこに存在しない空間を、無理矢理作り出す魔法だ。“無理矢理”を伴うような魔法は、一般的な魔法使いでは、行使が難しい。なぜなら魔法石にはランクがあり、“無理矢理”を伴う魔法の行使には、よりランクの高い魔法石を使う必要がある。ランクの高い魔法石は、当然値段がはる。かつ呪文を詠唱する魔法使いと、その魔法石との相性があわないと、“無理矢理”を伴う魔法は発動できない。
相性というのは、魔法使いの資質であり、スキル。魔法石との相性は、魔法使いの資質の高さやスキルの有無によって大きく変わってくるのだ
資質というのは、代々が魔法使い一族のような、先天的な要因。
スキルは私の魔眼のような、偶然手に入る要因。
ちなみにスキルとは、千里眼、サードアイ、獣眼などのこと。
つまり空間変容魔法を使えていることから、これから向かう魔法石を扱う店の店主は、相当なレベルの魔法使いということになる。
ということで脱線したが、私が見つけた21時の方角には、金物屋と家具屋が、横並びで店を開いていた。普通の人間が見たら、そうとしか見えない。
でも透過魔法を使い、そちらを見ると、金物屋と家具屋の間に、別の店があると分かる。可愛らしいショーウィンドウ、ミルキーブルーに塗られた木製の扉。ファンシーな雑貨屋のような作りをしているが、間違いない。ショーウィンドウに並べられた宝石に見える鉱石の数々。でもこれはジュエリーショップではない。魔法石のお店だ。
魔法石は、魔法使いにとっては希少なアイテム。魔法を使うために必要なのだから。でも魔法を使えない人間からすると、ただのジュエリー。貴重な魔法石を、ジュエリーとして買い求めたがる人間もいる。無駄な衝突を生まないため、魔法使いだけが店に来られるよう、店側が魔法を使っているわけだ。
魔法を使えない人間はお断り、ということ。
そうなると魔法石のお店の店主は、圧倒的に魔法使いが多くなる。そして使われている魔法により、その魔法石のお店のランクも、一目瞭然になる。今回は空間変容魔法が使われていた。間違いなく“一流の魔法使いのお店”ということになる。
エルフやドワーフ、魔法使いが暮らす東都ではないのに。西都にそんな一流の魔法使いがお店を開いているなんて、まさに僥倖だ。
それに魔法石を扱うお店を発見できたこともそうだが、魔眼を使えると確認できた点も大きい。
良し。三分は経った。次は聖騎士が一緒に店内に入ることを止めたい。ここで見た目を変える変形魔法の出番だ。
本日、二度目の魔眼を使い、申し訳ないが家具屋の見た目を、ランジェリーショップ風に変えさせていただいた。一分半の行動禁止の後、私は聖騎士に声をかける。「あのランジェリーショップに行きたいのです。できれば一人で」と。
異論を挟む聖騎士はいない。離れた場所で見張ると応じてくれる。私は嬉々として、魔法石を扱うお店へと向かう。そしてミルキーブルーに塗られた木製の扉を、ゆっくり開けた。
「やあ、よく来たな。愛弟子よ」
一流の魔法使いのお店があると思った。良質な魔法石が手に入る、それぐらいの浮かれた気持ちで店の扉を開けたのに。カラン、コロンという軽快なベルの音を響かせた扉の向こう側にいたのは――。
「師匠……!」
“大魔法使い”と言われ、魔王ルーファスの弱点を暴き、『コランダムの心臓』について私に伝えると、忽然と姿を消してしまった私の師匠が、店の中にいた。
レノン・S・グレープ。
こぢんまりとした店は、濃い紫の髪に小麦色の肌、白銀色の瞳は千里眼、白金色の瞳は魔眼、長身で快活によく笑うワイルドな師匠とは、真逆な雰囲気だ。
壁に沿って並べられた棚には、色とりどりの美しい魔法石が並ぶ。その魔法石と一緒に並べられているのは、ウサギやリスの手乗りサイズのぬいぐるみ。師匠が座るレジカウンターには、ドングリや松の実も置かれ、後ろの壁にはラベンダーやミモザのドライフラワー。
ファンシーさ全開な雰囲気の中、派手な金糸の刺繍が施された、髪色と同じ濃い紫のローブを着た野性味ある師匠は、完全に浮いている。
涙を必死にこらえていたのに。思わず脱力し、尋ねてしまう。
「何をやっているんですか、こんなところで?」と。
すると師匠は、昔と変わらぬ笑顔で微笑む。
「うん。ミレア・マヴィリス。俺の可愛い弟子が来るのを待っていたよ。ここは俺ではない、ロレアルというグラマラスな魔法使いの店なのだが、ようやくミレアを見つけたからな。急遽、店番をさせてもらった。よく店を見つけたな。そしてよくぞやってきた。使命を果たしたのだな」
グラマラスな魔法使い。
このお店は、ファンシーな雰囲気とは真逆の店主がいることが、コンセプトなのかしら?
私がそんなことを思っていると、立ち上がった師匠が、カウンターから出てきた。そして両手を広げている。
「遠慮はいらんよ。感動の再会だろう? 百人の女を泣かせたこの逞しい胸に、飛び込んでくるがいい」
「結構です、師匠。泣かされる百一人目の女になるつもりはないですし、それよりも。話していただけますか。なぜあの日、とんずらされたのかを」
「あー、それな。やっぱ、恨んでいるか?」
師匠は店内に相応しい愛らしい表情で肩をすくめるが、私はバッサリ斬る。
「当たり前です! どう考えても結末をご存知で、逃げたのですよね? 私に押し付けたのですよね? 千里眼をお持ちなら、見えていたはずです。でも、私は師匠を美化し、自分を納得させたのですよ。『師匠はルーファスの秘密を暴き、その対価で姿を消すことになった。師匠の志を引き継いだ私は、勇者ノクスの魔王討伐パーティに加わった』って」
握りしめた拳をプルプル震わせ、怒鳴る。
「この人でなし! 悪魔のような師匠! 魔王の秘密を暴けば、恨まれますよね、魔王から! 追い詰められて死ぬことになったら、当然、魔王は道連れにする。それが分かったから、師匠はずらかった。でも魔王を倒す必要はある。だから弟子の私に魔王の秘密を打ち明け、私が魔王討伐パーティに加わるような状況を作り上げた。おかげで私は――」
すると師匠は問答無用で、私をぎゅうっと抱きしめた。
このワイルド師匠は、着やせするタイプ。細身にしか見えないのに、とんでもなく力がある。こんなふうに抱きしめられたら、逃れることは不可能だ。
「皆まで言う必要はないよ、愛弟子よ。すべてこの千里眼で見ていた。大願を成し遂げるための犠牲とは言え、お前は辛い思いを沢山したよ、ミレア・マヴィリス。だがな、本当に申し訳ないと思うが、あの時はああするしかなかった。仕方なかったのだよ」
「何を尤もらしく言っているのですか、師匠! ああするしかなかった、ですと!? 仕方なかった!? 私が魔王の道連れになって命を落とし、覚醒したら地下牢で壁につながれ、処刑待ちだった。しかもその状況を助けるのが転生した魔王で、その魔王のパートナーにされ、王都へ行く――これが仕方なかったことだと言うのですか!」
さらにぎゅううっと私を抱きしめた師匠は「そうだ」と答える。「だが理由もあるのだよ。落ち着いて聞くと言うのなら、この胸から解放しよう。我が胸からはなれるのは、断腸の思いだろうが」と続けた。
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