10:絶対に無理だ
部屋にやってきた父親のこの言葉に、首を傾げることになる。
「こうなったらどうだろう、クレア。別に聖皇様を脅すわけではない。脅すわけではないが、責任をとってもらうのだ」
「何のことですか、お父様?」
「クレアをその暗殺者から守ることができるのは、聖皇様しかいないだろう。つまりクレアは、聖皇様と建国祭以降も共にいないと、命が危険だと思うのだ。そして我がレミントン公爵家であれば、身分的にも問題ない。そしてクレアであれば、聖皇妃になれると思う」
あやうく飲みかけの水を吹き出すところだった。
父親は何を言い出すのかと思ったら!
私が聖皇妃!?
いや、百歩譲って、聖皇妃ならまだいい。
だが、オルゼアの嫁になる!? それだけは勘弁だろう。彼は前世で私を道連れにした、あの魔王ルーファスだ。どうして自分が命を落とすことになった元凶と、結ばれなければならない!? 絶対に無理だ。
「お父様、私はセル様の一件で、心が深~く、深~く傷ついています。私に無実の罪を平気で被せ、義理の姉になるはずだったヒナに手をかけるような男と、婚約していたことに。そのショックから、まだ立ち直れていないのです。それなのに誰かと結婚だなんて。とてもではないですが、考えることができません!」
この言葉に父親は、ひるむことになる。何せセルを私の婚約者に選んだのは、父親だ。こう言われては、ぐうの音も出ないことだろう。しかもこの理由であれば、聖皇だから結婚したくない、ということにはならない。もし聖皇との結婚なんて無理です!なんて言ったら、一時間ぐらい「罰当たりだ、クレア!」と説教されてしまいそうだった。
「クレア、気持ちは分かるよ。あれは父さんの人を見る目が、なかったと思う……。だが、よく考えてご覧。今話している相手は、聖皇様だ。セル・オッドワードのような、悪魔ではない」
これには半笑いになってしまう。セル・オッドワードのような、悪魔ではない……。いえいえ、お父様、オルゼアの前世は、魔王ルーファスですよ。歴史の授業で習いましたよね? 三百年前、この世の最悪と言われた魔王ルーファスが、存在していたことを。この国の今があるのは、魔王が滅んだからですよ。
そう心の中で思いつつも、引き下がらない父親に、ピシャリと告げる。
「確かに聖皇様は、セル様とは全く違いますよね。でも聖皇様は果たして私のことを、どう思っているのでしょうか? 聖皇様は、私にこれぽっちも好意がない可能性があります。でも聖皇様はお優しいですから。私への愛情がゼロでも、暗殺者から守るため、聖皇妃として迎えてくださるかもしれません。でも、そうなったら! それは契約婚です。子供は絶対に、絶対にできませんからね!」
「クレア、なんてことを言い出す!」
「だってお父様が聖皇様の気持ちも考えずに、押しかけ女房になれみたいな言い方をされるから!」
その後はしばらく押し問答だったが、結論は出ず、話は終った。
父親と話している間は、二日酔いは少し収まった気がしたが、そんなことはない。この日一日は、結局ベッドから離れることができなかった。
本当は街へ行き、魔法石を扱うお店がないか探すつもりでいた。でも今日は残念ながら、何もできない。その一方で、聖皇……オルゼアは、使者として聖官を我が家に寄越し、正式に私をパートナーとして建国祭に伴いたいと申し出た。それに対する両親の返事は勿論「イエス」だった。ここで聖皇と私のパートナー契約が成立した。
さらに聖官は、昨日の墓地の襲撃の件も両親に報告し、巻き込むことになったお詫びの品を手渡した。それは、オルゼア自らが祈りを込めたというドレスの仕立てに使える上質なシルクの生地、聖皇庁で生産している式典や儀式で使うワイン、貴重な香料などを、両親に納めた。
両親は「これは家宝にしなければ!」と、屋敷の一角に祭壇を作ると言っている。
これだけでも十分なのに、パートナーとしての支度金まで置いて、その聖官は帰っていったというのだ。滞在中の費用も、全部オルゼアが持つのに。支度金まで用意してくれるなんて。破格な待遇だなぁと思ってしまう。
元々建国祭に行く予定は立てていたので、ドレスも宝石も既にオーダーメイドで作ったものがあった。それに我が家は公爵家なのだから、支度金なんていいのに。
そう思いつつもこの臨時収入で明日、魔法石を手に入れよう!と私はちゃっかり思うのであった。
◇
翌朝。
この日も晴天で、朝から陽射しが眩しく、空には千切れ雲がいくつか見えるぐらいだった。すっかり二日酔いから回復した私は、魔法石を探しに街へ行くつもりでいた。よって動きやすい服装ということで、ロイヤルパープルのジャケットに、ラベンダー色のスカートへ着替えた。
ツイードのジャケットは、コロンとしたくるみボタンが可愛らしい。スカートは裾に、ジャケットと同色の絹ベルベッドのリボンが飾られ、とってもオシャレ。
髪は編み込みにしてまとめ、外出時に、スカートと同じラベンダー色の帽子を被る予定だ。
こうして身支度は整ったので、朝食をとるため、ダイニングルームへと向かう。
二日酔いが治り、朝から食欲が止まらない。なにせ昨日は水しか飲めない状態だったのだ。胃袋はすっからかんなので、朝食を食べ始めると、卵料理もサラダもカリカリのベーコンも。焼き立てパンもフルーツも全部、綺麗に平らげてしまう。
満腹になった私は、街へ向かうことにしたのだが……。
「聖皇様から護衛をするようにと命じられています。お供させていただきます」
そう言って私の乗る馬車の前後に、騎乗した聖騎士がついてくれた。
聖騎士は、基本的に聖皇庁か聖皇宮にしかいない。それが街中に現れたのだ。嫌でも注目を集めてしまう。聖騎士が護衛につくことで、逆に目立って命を狙われるのでは……?と不安になってしまうぐらいだ。
そうなると、とっと魔法石を手に入れ、魔法を使えるかを確認したくなる。聖騎士の護衛がなくても大丈夫!という状況を、早く作り上げたいと思ってしまう。
そこで街へ着くと早々に馬車を降り、大通りにあるお店から、片っ端から見て回ることにした。カシャカシャと音を立てながら、私の前後に続く聖騎士と共に、街の中を歩き回った。
だがしかし!
魔法石を扱うお店が見つからない。もしやエルフやドワーフ、魔法使いが暮らすと言われている東都に行かないと、魔法石は手に入らないのかしら?
そう思ったが、あることを思い出す。
魔法石を扱うお店は、商売相手は魔法使い、と決めている。よって魔法使いにしか、店を見つけ出せないようにしていることも多くあった。つまり魔法を使わないと、お店を見つけられないということだ。
でもその魔法を使えるようになるため、魔法石が欲しいのだけど。これは困ったわね、と思うってしまうが。
前世で噴火口に落ちた時に使えなかった切り札。
あの時は切り札を使い、転移魔法を発動しようとしたのだけど……。
転生した今も使えるのか。
それをまさか今、ここで使うことになるとは。
でもいずれにせよ、切り札が使えるかどうかは、試したかったのだ。
聖騎士と従者に声をかけ、街の中心となる噴水広場へ移動した。
「散々歩き回りましたので、しばし休憩をしましょう」
そう、私は聖騎士と従者に提案した。
噴水の周囲は、ベンチのように腰かけることができる。座ると噴水は見えなくなってしまうが、休憩には丁度いい。早速、腰を下ろすと、聖騎士はそれぞれ私を護衛するにふさわしい場所に移動し、待機してくれる。護衛になれているし、瞬時にこの広場の構造を理解し、適所適材で移動していた。
まるで統率のとれた魔王討伐パーティと同じね。
そんなことを思いつつ、ジャケットの内ポケットから懐中時計を取り出し、自分の瞳に神経を集中させた。さらに小声で呪文を詠唱する。
「透過魔法 実体直視」
これは、実体を遮る物や魔法を透過させ、見破るための魔法だ。もし魔法石を扱うお店が、魔法でそこにあると分からないようにしているのなら。その魔法をないものとできるのが、この透過魔法だ。魔眼持ちが得意とする魔法の一つだった。
魔眼。そう、魔眼こそが私の切り札。
時計回りで今いる場所を中心に、ぐるりと周囲を見ていく。魔眼に力を込めることで、邪魔な実体自体も、透過して見ることができた。
ちゃんと透過して見えている。やっぱり私は、天才魔法使いミレア・マヴィリスそのままで転生できたのね。ならば魔法石さえ手に入れば、オルゼアを狙う暗殺者とその黒幕も、怖くないわ。
そこでチラリと懐中時計を見て、経過時間を確認する。もうすぐで一分になるから、それまでに一周の探査を終えなきゃ。
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