9:笑えない冗談
どうしても、今のこの状況に、こう思わずにいられない。
黒幕も黒幕だが、ルーファスだって、しっかりしてよ!
魔王は魔王なのだ。正々堂々、悪として君臨して欲しい。
魔王が悪者に怯えるなんて、笑えない冗談だ。
何よりも。
オルゼアは覚醒していない上に、もう『コランダムの心臓』の持ち主ではない。だから魔王ルーファスとしての力もないだろう。でも私は違った。容姿も前世と同じであり、魔法だって使えると思うのだ。
魔法石さえ手に入れば、魔法を使える。そして私は前世で“天才魔法使い”と言われていたのだ。黒幕なんて、簡単に追い詰めることができる。
そうなればオルゼアは……。
彼の言葉を思い出す。
――「ええ。聖皇に就任する前から狙われていました。わたしが外へ出ると、それを好機と暗殺者が動きます。そうなると聖騎士や多くの者に迷惑をかけますからね。なるべく聖皇庁や聖皇宮で過ごすようにしているのですが……。ここは視界が開けた場所ですから、もっと留意すべきでした」
滅多に姿を見せないのは、お高く留まっているわけではなかった。誰かに迷惑をかけないよう、ひっそり生きようとしていたのだ。
魔王のくせに、なんて健気なのだろう。
しかも聖皇に就任する前から、狙われていたなんて。
子供の頃から、もしかすると赤ん坊の頃から狙われていたの……?
もしそうであるならば、黒幕の狙いは、オルゼアの神聖力だろう。
でも神聖力はこの国おいて、国益しか生み出さないはずだ。
西都は森が多く、美しい湖や山もあり、風光明媚な場所も沢山ある。そこには聖皇庁が管理するサナトリウムや療養所もあり、国内の難病患者が多数身を寄せていた。
聖皇庁に所属する聖官はそこに足を運び、神聖力を使った治癒を行っている。時にそこから聖皇宮にやってきて、聖皇が……オルゼアが直接神聖力で治療を行うこともあるとか。
産後の肥立ちが悪かった王妃を回復させたのも、オルゼアだと聞いていた。そう言った実績を踏まえても、間違いなく国王陛下は聖皇を必要としている。
神聖力を排除したいと考える者がいたら……医者? いや、医者でさえ、聖皇を頼っている。自分達で手に負えない難病患者を、神聖力で助けてもらっているのだ。聖皇を害したところで、困るのは自分達のはず。「聖皇の代わりにこの病気を今すぐ治せ!」と国王陛下に言われても、医者では治せないことだってあるだろう。
そうなると神聖力を持つオルゼアを狙いながらも、そこにはそれだけではない意図も見え隠れしている気がした。でもそれが何であるかは、分からない。
というか、もうオルゼアは、自分を狙う者が誰であるかは、掴んでいるのだ。そこを私が悩む必要はない。どうしても知る必要があれば「私だってその黒幕に命を狙われているのです。誰なのか教えてください!」と言えばいいだろう。
むしろ今さら気づいてしまったが、オルゼアは前世魔王だが、前世の記憶も魔王としての力もない、ただの人間……いやただの人間ではないわね。聖皇なのだから。
ともかく今は、聖皇なのに。
魔王ルーファスであった頃と、変わらないのね。
どうしたって命を狙われる運命。
ぼんやりと窓の外の景色に目をやる。
既に街中に入ったようで、レンガ造りの建物が沢山見えた。
『コランダムの心臓』を持ち、何度も転生を繰り返した魔王ルーファスは、いつも魔王として転生していた。赤ん坊であっても、その左右のこめかみには、あの角があった。そして猛禽類を思わせる金色の瞳をしていたから、魔王であるとすぐに分かっただろう。そうなると即、魔王ルーファスとして、命を狙われることになる。
生まれてすぐに問答無用で命を狙われていた魔王ルーファス。
その神聖力ゆえに、子供の頃から暗殺者に狙われていたオルゼア。
魔王ではない、魔王とは真逆とも言える聖皇に転生したのに。
前世同様、命を狙われるなんて……。
なぜだろう。なんだか彼が可哀そうに思えてしまった。
いや、いや、いや、いや、おかしいでしょう、私!
相手は私を道連れにした魔王ルーファスなのだ。今さら同情なんて。
レミントン公爵家の屋敷が見えてきたところで、ごちゃごちゃする頭をまとめることにした。私がオルゼアのパートナーを引き受けたのは、自分自身の安全のため。オルゼアを守る聖騎士と一緒にいた方が安心安全。それにもし怪我をしても、すぐにオルゼアに治癒してもらえるのだから。
こうして自分の中の矛盾する気持ちをなだめ、久しぶりの我が家に帰還する。
帰宅した私は、墓地での一件とオルゼアのパートナーの件を話そうとしたのだが……。屋敷には親族や友人が集まり、もう昼間から舞踏会をしているような盛り上がり。家族は勿論、ありとあらゆる人からひっきりなしに話しかけられ、「乾杯」とお酒をすすめられた。
さらにそこに用意されたのは、豪華な料理の数々。
モーン・ヒル監獄での待遇が代わり、貴族のような料理を食べることができたと思っていたが。レミントン公爵家で提供される料理は、当然だが監獄とは格が違う!
高級食材であるキャビアやトリュフを使った料理が用意され、当たり前のように鴨肉や仔羊肉料理が並んでいる。舶来品のお菓子や果物も並び、ついつい食べ過ぎてしまう。
あれよ、あれよという間に時間が過ぎ、ティータイムとなり、夕食会も行われた。そこでようやくお開きとなったのだが……。その頃には私は立派な酔っ払いとなり、家族も出来上がっており、その後は……使用人以外は全員、爆睡だった。
◇
「クレア、大変だ!」
そう言って部屋に入って来た父親を、二日酔いの私はグロッキーな状態で迎えることになった。だが見ると父親も、どう見ても二日酔い。ならばいいだろうとベッドから出ずに、上半身を起こし「どうされましたか、お父様」と尋ねる。
「なぜか我が屋敷の周囲を、聖騎士がズラリと取り囲んでいる。等間隔で並ぶその様は、まるで彫像のようだ。周辺の貴族も何事かと見学している」
父親のこの言葉に私は「あああああ!」と短く叫び、そうなった理由を語ることになった。ベッドのそばに椅子を置き、そこに座って私の話を聞いた父親は、メイドが用意した水をぐびぐびと飲んだ。大きく息を吐き、気持ちを落ち着けたらしい父親は、口を開く。
「なんてことだ。あの慈悲深い聖皇様が、暗殺者に幼い頃から狙われているなんて。その黒幕は、随分と罰当たりなことをしている。今の聖皇様は、歴代の聖皇様の中でも、最高と言われる神聖力をお持ちになっているそうだ。ゆえに聖皇に就く以前から、国王陛下や先代聖皇様に請われ、手伝いをされていると、私は聞いているぞ。王妃様を助けたのも、今の聖皇様。誕生した王子がご病気になられ、治癒されたのも、現聖皇様だと言われている」
そこで腕組みをした父親は、しみじみと呟く。
「出る杭は打たれる……ということなのか。そんな暗殺者のために、あの聖皇様が外出を控えているなんて、嘆かわしいことだ。しかし……まさかその暗殺者にクレア、お前が狙われるかもしれないなんて! これは由々しき事態だ」
「ですから建国祭は、聖皇様の申し出を受け、彼のパートナーとして、王都へ向かうことにしました。お父様に相談せず、勝手に決めてしまい、申し訳ありません」
あの時は勢いで「パートナーになります!」と宣言してしまった。でも冷静に考えると、まずは父親の許可を得た方がよかっただろう。さらにそれを言い訳に「父親に相談するので、即答はできません」と言えたのに。
すべては後の祭り。あの場で思いつけなかった私の敗北だ。敗北と言えばお酒にこんなに飲まれるなんて。
私が覚醒する前のクレアは品行方正なので、二日酔いの経験なんて当然なかった。そして前世は天才魔法使いだった私は、二日酔いなんて、魔法でいとも簡単に治せたのに。杖(魔法石)もない今は、どうにもならない。切り札はあるが、二日酔いのために使うつもりはなかった。
「いや、状況を考えると、パートナーになる以外の選択肢はなかったと思うぞ。よってクレアが私に相談せずに決めたことを、間違っているとは思わない」
「お父様……」
「問題は建国祭以降だ。我が公爵家で、聖皇様と同様の護衛をクレアにできるのかと言われると……」
それは無理だろう。いくらレミントン公爵家でも。なにせ聖皇に仕える聖騎士は、騎士の中でも精鋭と言われる騎士だけを、千人規模で集めているのだから。まさに一騎当千と言われるエリート集団が、ウエスト聖騎士団なのだ。さらに聖皇のためなら、その命を散らす覚悟ができている。噂では、国王陛下の近衛騎士団よりも、すごいらしい。
でも、私は魔法石さえ手に入れば、建国祭以降は何とかなると思っていた。防御魔法をレミントン公爵家全体に張ればいいだろうし、いざとなればオルゼアから黒幕の名を聞き出し、直接そちらへ手を下してもいい。無論、害するのではなく、魔法を使う。黒幕がオルゼアを暗殺したいと思っている気持ちを、封じてしまえばいい。
「こうなったらどうだろう、クレア。別に聖皇様を脅すわけではない。脅すわけではないが、責任をとってもらうのだ」