プロローグ【表紙】
Illustration by 平川禅先生
【平川禅先生からのコメント】
かつての宿敵同士だったはずの二人が再会、しかし状況的に戸惑いを抱くクレアととにかく優しいスパダリのオルゼア様が良すぎます…! 魅力的な登場人物たちを描かせて頂きありがとうございます!
美しく黒い獣。
追い詰められた魔王ルーファスは、シルクのような長い黒髪を振り乱していた。いつも涼しい様子の顔に、初めて焦りの色が浮かんでいる。そして左右のこめかみから伸びる二本の鋭い角、猛禽類のような金色の瞳。長身のよく鍛えられた体躯を包む黒のマントとその下の上衣やズボン。
トータルで見たその姿は、まさに美しく黒い獣だ。
しかも今、ルーファスが走るのは森の中。獣にピッタリの背景だ。
「トッコ、今だ、投げろ!」
青髪碧眼の勇者ノクスの声に、体格のいいドワーフのトッコが応じる。トッコは手にしていた爆弾の導火線に火をつけ、思いっきり投げつける。
「フォンス、魔王の脚を狙え!」
ノクスの要請にエルフのフォンスが、続けざまに矢を放つ。木の枝をジャンプしながら矢を放つなんて、エルフだからできる芸当。魔王の長い脚が器用に矢を除け、でもその直後にボンという爆発音が起き、ルーファスの進路が強制的に変更される。
ノクスの的確な指示により、ルーファスはどんどん滅びの入口へと追い詰められていた。
滅びの入口――それは北の大火山と呼ばれる、ノースマウンテンの噴火口だ。
魔王ルーファスは不老不死だと思われていた。だが、そうではなかった。彼は『コランダムの心臓』と言われる、どんな武器も通さない硬度の心臓を持っていることが判明した。この心臓がある限り。彼はそのすべてのスキルを引き継ぎ、転生を繰り返すことができた。
『コランダムの心臓』は壊れない。だが北の大火山の噴火口に落とせば、『コランダムの心臓』は溶け、魔王ルーファスは滅びる。そう、教えてくれたのは、私の師匠だった大魔法使い。だが彼はルーファスの秘密を暴き、その代償で姿を消すことになった。師匠の志を引き継いだ私は、勇者ノクスの魔王討伐パーティに加わった。
天才魔法使い、ミレア・マヴィリスとして。
銀髪長髪に、アメシストのような紫の瞳。長い手足に濃い紫のローブを着て、手にはエルフの純銀に守られた魔法石がついた魔法の杖。パーティのメンバーを魔法でサポートしながら、魔王ルーファスを追い詰めていた。仲間の脚力を高め、速度を上げる、柔軟性を加え、強化した脚が壊れないようにする。
魔法で身体能力を高められた仲間たちは、魔王ルーファスを追い詰めていく。
こうして目前に、滅びの入口が迫った。
美しく黒い獣は、目の前に大剣を持つ勇者ノクス、背後にノースマウンテンの噴火口という状況に追い込まれる。既に黒い翼は、フォンスの放ったエルフの矢により、飛翔は不可能な状態。魔力はここまでの逃走で底をつく寸前だろう。
「ミレア、援護を頼む!」「かしこまりました」
ノクスの大剣に杖を向け、魔法を詠唱する。
杖の先端についた魔法石と呪文が連動し、魔法が発動する仕組みだ。
「強化魔法 高速断絶」
「魔王、これで決着をつけるぞ!」
魔法で強化された大剣を、ノクスが振り下ろす。
大剣の弱点は、その大きさと重さで、動きが緩慢になってしまうこと。それを補うために、既にノクスの腕の筋力は魔法で強化している。その上で、剣の動きの速度を上げた。さらに切れ味もよくした。
「うっ……」
魔王ルーファスは短い叫びと共に、後退する。それでも自身の剣を構える。だが、大剣の弱点を魔法で克服していたノクスは、すぐに次の一撃をルーファスに与え、遂に……!
美しい黒い獣は、噴火口に落ちていく。
「やった!」という声をフォンスとトッコがあげ、ノクスも刀身の汚れをはらった。すると突然、黒い蛇がノクスの足首に絡みつく。
黒い蛇に見えたが、あれは魔王ルーファスの武器の一つ、黒の鞭!
「ノクス!」と叫んだ私は彼の元へ駆け寄りながら、杖をノクスに向け、魔法を唱える。
「強化魔法 握力増強」
ノクスはあっという間に噴火口まで引っ張りこまれ、強化した自身の両手で、なんとか崖にとどまっている状態。見えるのは手だけで、姿は見えない。
「「ノクス!」」
異変に気付いたフォンスとトッコも、私の後に続いた。
「ノクス! 今、助けます!」
そう叫んで、噴火口に近づいたが……。既に熱を感じる。それでもその熱を我慢し、噴火口を覗き込んだ瞬間。
「ミレア、逃げろ! 奴の狙いは君だ!」「すべての元凶の魔法使い。道連れに……」
熱風により美貌の顔を歪ませるノクスと、自身の血しぶきを顔に浴びた魔王ルーファスの姿が見え、そして黒い蛇が私の首に絡みついた。同時にすさまじい勢いで、私の体は噴火口へと引きずり込まれていく。
魔法の杖は手から離れ、首も締まる状態で呪文の詠唱はできず、意識が吹き飛びそうになる。
「ミレア!」と叫んだノクスが、自身の片手を崖から離し、私の方へと伸ばした。だがぐいっと黒い蛇――黒い鞭に引っ張られ、私の体は魔王ルーファスの胸の中に、なすすべもなく落ちていく。
熱さによる激痛と呼吸できない苦しみで、切り札を行使することさえできない。耳元でルーファスが何か言うのが聞こえたが、何を言っているか理解できなかった。窒息死するか、この燃える大地の炎で焼き尽くされるのか、どっちが先なのか。
最期に見えたのは、碧眼の瞳から涙をあふれさせるノクスの顔。
青いサラサラの髪が乱れ、そんな泣き顔では、せっかくの勇者が台無し。
でも――魔王ルーファスは倒された。平和な世の中になるわよね……?
ここで、天才魔法使いミレア・マヴィリスの生涯が終わった。
◇
「クレアお嬢様! また悪い夢を見たのですか!?」
メイドのヒナの声にゆっくり目を開けると、なんだか視界が滲んで見える。
天蓋付きのベッドに掛け布。窓からは明るい朝の陽射しがさしこみ、すぐそばに黒のワンピースに白のエプロンのヒナがいるのに、よく見えない。
「そんなにお泣きになるなんて! とても怖い夢だったのですね。きっとまた、魔王と勇者の物語の夢でも、見たのではないですか? 怖いモンスターが出てくると、クレアお嬢様、今みたいに泣いてお目覚めになるのですから」
ヒナの言葉に「ああ」と理解することになる。
夢。
幼い私がよくみる夢があった。それはこの国の建国史であり、夢の中の私は、魔王討伐のパーティに所属する魔法使いで、名はミレアに扮している。仲間は勇者ノクスに加え、エルフやドワーフも出てくる。その夢は何度も、何度も見てしまうので、ヒナや家族にも話していた。
魔王と勇者の夢には、確かに強いモンスターが登場する。でも涙を流す程、怖くはない。それにいつもちゃんとモンスターを、勇者ノクスが倒してくれるし、魔王も彼が成敗してくれるのだ。
誰もが笑顔になるハッピーエンドで、泣く要素なんてないのに。目覚めた今も、なぜ泣いていたのかが、分からない。でもヒナは「夢ですから、大丈夫ですよ、クレアお嬢様」と言い、今もなぐさめてくれている。
こういう時に効果てきめんなのは笑顔だ。思いっきり笑顔になり「ヒナ、大丈夫よ。心配しないで」と言えば、ヒナは安心してくれる。だから今も、大きく深呼吸をして、思いっきりの笑顔になる。そしていつものお決まりの言葉を口にすると――。
バシャッという水音がして、髪から流れる落ちる水の多さに、目が開けられない。冷たい水が体温を奪うように全身を流れていく。耳にも入った水で、世界から音が消え、やがてその水が首筋を伝い、こぼれ落ちていく。
ハッキリ、目が覚めた。
夢を見ていたのだと。しかも子供の頃の夢だ。夢の中で目覚めたと思ったら、それまた夢だったなんて。夢の二段落ちだ。それを理解するのに時間がかかり、一瞬、ヒナに水をかけられた――と思ってしまったが、そんなことはない。ヒナはそんなこと、絶対にしないからだ。
誰かに水をかけられたことは分かる。
でもなぜ水をかけられるのか?
その理由が理解できない。
水滴がポタ、ポタと盛大な音を立てている。水滴が落ちている先は石の床。ほとんどむき出しに近い石の床に、水溜まりができ、そこに裸足の足も見えた。これは私の足だ。ぬれそぼって紫を帯びた銀髪も、視界に入っている。
ここはどこ……?
「ったく、この状況で笑って寝ることができるなんて。流石、稀代の悪女だ」
見知らぬ男の声が、聞こえてきた。
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