ランタンの灯がともるとき
夏のホラー2023参加作品です。
「それ壊れてるよ」
実家の物置から明日家族で行くキャンプに使えそうなものを取り出していると、妹の葉月が声をかけてきた。振り向くとランタンを持ち上げ中をのぞきこんでいる。
「ん? ああ、これか。いいんだよこれは」
「いいって……割れてるよ?」
「お守りみたいなものだから」
「え、なにそれ、気になる!」
葉月が目を輝かせて身を乗り出してきた。その楽しそうな表情に俺は、
――誰のおかげで今生きていられると――
と喉まで出かかったがなんとか言葉をのみこむ。
そしてひと呼吸おいて、「ただの験担ぎ。大した話じゃないよ」とごまかした。葉月は少し首を傾けただけでそれ以上は聞いてこなかった。
その様子を見ながら先日の葛藤を思い出す。
母が亡くなって20年経ち葉月も26歳になった。もうあの日のことを話してもいい頃だと思っていたのに結局話せなかった。
母は、葉月が6歳、俺が11歳の時に亡くなった。
あの日は家族で川の上流でキャンプをしていた。午前中は良い天気だったのに昼を過ぎて雲行きが怪しくなってきたのを見て、今日は帰ろうかと話していたら今で言うゲリラ豪雨に遭い、急いで川から離れる途中、気がついた時には母と妹の姿がなかった。
日が暮れた上、増水した川は危険なため、捜索は夜が明けてからという話になり、無事を祈ることしかできないのかと絶望した時、暗闇に明かりが灯った。
ユラユラと揺れるその明かりは、学校で借りた怪談話の本に載っていた人魂に似ていた。
人魂はユラユラと近づいてきて、こちらの明かりが届くところまできてスッと消えた。そしてすぐ後に葉月が現れた。葉月はランタンを手にしていた。
葉月は、母からここを真っ直ぐ行けば家に帰れると言われたと言い、ランタンの灯がお父さんとお兄ちゃんのいる場所を教えてくれたと言って気を失った。
母の遺体は翌朝下流で発見された。そして葉月は、どうやって帰ってきたかを覚えていなかったばかりか、自分で言った言葉もきれいさっぱり忘れていた。
父も俺も葉月の言葉を誰にも話さなかったから、葉月は一人で山を彷徨っていたけれど、幸運にもこちらの明かりを見つけ帰ってこれたのだろうと皆は考えている。
もちろんランタンのことも言わなかった。理由は、昼間にランタンを河原で落として使えなくなっていたことを俺と父は知っていて、あのランタンを灯していた火は母の魂だったと信じているからだ。人に言えば笑われるに違いない。
「葉月、時間がないのに何をやってるんだ」
父が玄関の方から妹を呼ぶ声。妹は「今行くー」と言って立ち上がった。
「今からお父さんと美術館に行くの。お兄ちゃんも楽しんできて。ユヅキ君とひなたちゃんにまた遊園地に行こうって伝えて」
「ああ、言っとくよ」
妹の笑顔に母の面影を見る。自分も親になった今、母の思いが身に染みてわかるようになった。妹を見送り、俺はランタンに目を向ける。
壊れたままのランタン。
験担ぎと言った理由。
あの日俺がランタンを落として壊したのは、オイルランタンを自分で準備してみたくて勝手に荷物から出した時に、突然火がともり驚いて手を離したからだ。
驚いたのはまだオイルが入っていなかったから。父と母も火のついたランタンを見て驚いていた。
母は「虫の知らせかしら」と言った。母は昔からそういうことをよく口にした。だから父は「また馬鹿なことを。オイルが少し残っていて何かの拍子についたんだろ」と笑った。
あの時、すぐに場所をかえていれば母が死ぬことはなかった。
このランタンはまた危険を知らせてくれるかもしれないという思いから、妹にはお守りだと言った。
でも大人になるにつれ、命と引き換えに願いを叶えるものかもしれないと考えるようになった。
「何かあれば教えてくれるよな」
荷物を車に積み、助手席に置いたランタンにそんな言葉をかける自分に少し笑ってしまう。
けれど言葉と裏腹に、家で待つ家族を思うとハンドルを握る手に力がはいる。
――もし何かあれば俺の命で……いや、あの時母の言葉を笑った親父の命を引き換えに家族を守ってくれよ
いい話風味のホラーをずっと書いてみたかったので挑戦してみましたが結局闇が……
帰り道というお題に沿っているつもりですが、どうだろう。一応母親が帰り道を示してるから帰り道でいいか、という感じですけど。