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第5話 最中の異変

 彼女と目が合う。

 かかった。


「なに、なんてことない調査ですよ。相手の経歴を調べるのは、取材においては基本的なことだ。今回に関していうなら、もっと深いところまで。中学、高校と演劇部に所属していることもね。まったく演劇に興味が無かったわけじゃないだろう。お婆さんも昔、日本舞踊どころか小さな劇団に所属していたようだし、何らかのヒントになったことは言うに難くない。いつも県大会止まりだったようだが」

「……」

「馬鹿にしているわけじゃないさ」


 一応断っておく。それは本心だ。


「もちろんそれだけじゃない。更に特筆すべきは、きみが大学で情報工学科に進んでいることだ。卒論では3Dキャラクターを人間に近づける心理的な効果の研究。大学院に進んでからは、最新の立体映像技術による空間投影型ホログラムの研究……つまり、バーチャル・アクターのもととなった技術だ」


 だが、これだけではまだ弱い。


「加えて、北條小百合。彼女の存在は極秘中の極秘だった。あれほど世間で騒がれているのに、表に出てこない。それだけならまだしも、北條小百合を見たという人間がほとんどいないことだ」


 北條小百合には過去が無い。

 同姓同名の中に該当人物はおらず、かといって誰も本名を突き止めることができなかった。佐野原アイの存在が明るみになってもなお、わからなかった。だが、そこまでならまだいい。

 一番の問題は、幼い頃の北條小百合を知る人物が見つからないということだ。

 芸能人の浮気でさえあっという間に拡散されるこのご時世、どれほど山奥で生活していたら、そんなことになるのか。


 だがそこに、ひとつの答えがある。

 見つからないのではなく、最初から存在しないのではないか。

 それこそ、仮想現実で作られ、仮想現実から現れたかのように。


「北條小百合は――きみが作ったバーチャル・アクターではないのかい?」


 暗い廊下に、風が吹き抜けた気がした。


「……それだけですか?」


 アイは表面上しれりと言ってのけたが、言葉は刃のように鋭かった。


「残念ですが、その結論を私に叩きつけた人は貴方で三人目です」


 それは、言外に「違う」と叩きつけられたも同時だった。


「演劇部にいたことは確かです。祖母が小さな劇団にいたことも。しかし、それは血のせいでしょう。才能があるかどうかとはまた別の話です。……さあ、もう良いですか。記事にはちゃんと、北條小百合の真実をお願いしますね」


 真実、か。

 だがおそらくこれで、アイは油断しただろう。

 俺も他の多くの人間と同じであると。


 佐野原邸を出ると、相変わらずじりじりと照りつけるような日差しがあった。あの邸宅での出来事が嘘のようだ。だが、俺のやることは変わらない。家から離れてしばらく歩くと、ひっそりと隠れるようにおいてあった車に乗り込んだ。真っ黒なバンで、いまどきドライブレコーダーすら積んでいない中古品だ。後ろの席は取材用の機材が載っていて、人の座るスペースは少ししかない。


「アクサス。画像表示」


 アクサスに命じると、俺の前にいくつも空中ディスプレイが表示された。

 そのうちのひとつに佐野原邸の間取り図があった。それから、ポケットに隠してあった黒い長方形の箱を取り出した。小さめの外付けハードディスクに似ていて、時計型やスマホ型が多いアクセスデバイスとは似ても似つかない。黒い箱にケーブルをつなぎ、古いスマホ型のアクセスデバイスと接続する。

 すると、赤い点だけが表示されたディスプレイが浮かび上がる。

 このままでは意味不明だが、指を動かして佐野原邸の間取り図と重ねてやる。すると、赤い点が佐野原邸のいくつかのポイントに重なった。中には門や玄関といった重要なところに重なったものもある。監視システムの場所を特定する違法アプリだった。この黒のバンと違って、あまり長く手元に置いておきたくはない代物だ。稲森め。いったいどこでこんなものを手に入れたんだ。


 それから、片方だけイヤホンをつけた。向こうからザーザーという音がしばらく聞こえる。微かに人の話し声が聞こえてきた。ときおり廊下を歩く音も。盗聴器はうまく作動してくれたようだ。まだやることは山ほどある。

 俺はパソコンを起動させ、耳を澄ませながら残った仕事を済ませることにした。

 夕暮れを過ぎたあたりで、コンビニのビニール袋からあんパンを取り出して食事にする。缶コーヒーを一気飲みすると、パンの袋と一緒にビニール袋に突っ込んだ。

 電波を調整し、一旦ホテルに戻るかどうか考える。さすがにずっとここにいるのも怪しまれる。あとは家でパソコンを通じて使える言葉が録音されるのを待てばいい。だが、エンジンをかけようとした時、突然、盗聴器からビーッビーッという警告音が聞こえてきた。

 しまった。ばれたか。

 慌てて盗聴器のケーブルを引っこ抜こうとしたが、手が止まった。よくよく聞くと、聞こえてくるのは盗聴器本体からではない。警告音は盗聴器の向こうから聞こえてくる。少し遠いところからで、おそらくは違う部屋からだ。何だ。何かあったのか。警告音に混じって、人がばたばたと走り回る音が聞こえてくる。焦りにも怒りにも似た声のなかには、アイのものもあった。

 俺はイヤホンを外し、バンから降りた。もういちど佐野原邸に足を向けると、そこでは住人たちが焦った顔で誰かを呼んでいた。

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