ありがとう 8
帰宅した。
アパートの玄関のところで、立ち眩みがする。激しい倦怠感が全身を襲う。体温計で体温を測ると38度もある。コロナかな。まさか、今日病院でその検査もして陰性だったじゃないか。
感謝病だ。感謝病が、確実に僕の体を蝕みはじめている。『余命100ありがとう』の宣告を受けてから、すでに7回も『ありがとう』を言ってしまった。その分だけ、僕は、死に近づいているのだ。
風呂に入る気力もなく、倒れるように布団に潜り込んで寝た。
翌朝、再度、アルバイト先のコンビニに出向く。
「店長、誠に申し訳ありません。一身上の都合により、本日付けでアルバイトを辞めさせて下さい」
朝の店頭で、商品棚にお弁当を並べている店長に、僕は言った。
「突然だね。よければ、その理由を詳しく聞かせてくれるかい?」
「アルバイトに熱中し過ぎて勉学を疎かにすると、仕送りを止めるぞ! なんて親に叱られちゃいまして。へへへ」
適当な言い訳をした。
「あはは。そうかあ。スズキ君は、働き者たっただけに、残念だなあ。でも、親御さんのご指示なら致し方ないね」
黙っていた。
「了解しました。お疲れ様」
黙っていた。
「スズキケンイチ君、今日まで、ありがとうござました」
歯を食いしばり、無言で店を出た。
店を出て、5メートルほど歩いて、立ち止まる。
「……駄目だコリャ。間違っている。ここは伝えるべきだ」
店に戻り、商品棚におにぎりを並べている店長をもう一度呼び止め、
「店長! こちらこそ、今日まで、本当にありがとうございました!」
……余命、あと92回。