ありがとう 37
「ただし、この度の妊娠・出産には賛成をし兼ねる。子供は諦めろ」
後頭部に、父の冷酷な言葉が刺さった。
「なんでだよ、バカヤロー!」
僕は、勢いよく頭を上げ、思春期の頃でさえ言わなかった言葉遣いで、父に反抗をした。
「子育てを甘く見るな! 大学を中退した高卒の男女に、いきなり子供を産み育てる力があるわけがなかろう! 二人で生きて行くのでやっとだ! 子供を産むなと言っているのではない! この度の子供は諦めろと言っているのだ! 子供は結婚をして生活が安定してから産めばよい!」
「…………」
父の正論に、僕はぐうの音も出なかった。
「お言葉ですが、お義父さん――」
この時、ずっと黙っていたルミが口を開いた。
「私は、お義父さんにお許しを頂けなかったとしても、お腹の子を産むつもりです」
「ルミさん。気持ちは分かるが、一時の気の昂りで人生を棒に振ってはいけない。きっと後悔をする」
父が、冷静にルミを諭した。
「一時の気の昂りなんかじゃありません。大好きなケンイチさんとの子供です。後悔などしようはずがありません」
ルミの言葉を聞き、父がまた口を閉ざした。
「………………向こうの親御さんには報告をしたのか?」
長い、長い、長い沈黙の後、父が重い口を開いた。
「いえ。これからです」
「一緒に頭を下げに行ってやろうか」
「……え?」
「お前たちだけで心細ければ、わしが一緒に行って、向こうの親御さんに頭を下げてやろうかと申しておる」
「……義父さん」
父の優しい言葉に、ルミが涙ぐんでいる。
「いいえ。この件は、二人で解決します。お気持ちだけありがたく頂いておきます」
僕は、父の顔を真っすぐに見て、そう言った。
「うむ。ケンイチ、ルミさん、約束だ、二人で力を合わせて、必ず幸せになれ」
「お父さん、ありがとうございます!」
……余命、あと63回。




