ありがとう 31
「まだ、そうと決まったわけじゃない」
「検査薬の賞味期限が切れているってこともあるものね」
「賞味期限って何だよ。食い物じゃないんだから。とにかく、ルミ、ここは、勇気を出してレディースクリニックへ行こう」
僕とルミは、公園から、その足で産婦人科へ向かった。
近間の産婦人科に着いた。
予約していなかったので、二時間も待たされた。
やがて、看護師がルミの名前を呼んだ。
僕は、待合室のオファーで、横にいるルミの手をしっかりと握り、
「大丈夫、僕が付いている。さあ、行こう!」
と、男らしく言ってみせる。
「やめてよ。恥ずかしいわ。その手を離してよ。私、今からエコー検査とかするのよ。邪魔だから、あなたは、ここで待っていて」
ルミは、せっかく差し伸べた僕の手を振り払い、一人で診察室へ入って行った。
待合室に取り残された僕は、一人ぽっちで結果が出るのを待っている。
ルミの、子宮に新しい命……
もし、そうだったら、どうしよう。
僕、まだ、大学生だぜ?
てか、あと70回『ありがとう』を言ったら、死んでしまう身だぜ?
小一時間後、看護師が僕を診察室へ呼んだ。
先生とルミが椅子に向かい合わせに座っている。
僕は、ルミの隣の空いた椅子に座った。
「……先生、どうでしたか?」
飛び出しそうな心臓を押さえながら、僕は尋ねた。
「おめでたです」
産婦人科の先生は、なんだかもう嫌味なほど満面の笑みでそう言った。
「え、いや、あの、その、……あざ~っす?」
……余命、あと69回。




