ありがとう 21
ルミと別れた。
朝、目を覚ますと、一人だった。
当然だ。ルミはもういないのだ。
今日からは、たった一人でこの感謝病に立ち向かって行くぞ。
はて、と僕は考えた。
感謝病の闘病を始めるにあたり、先ず、するべきことは、どの『ありがとう』がセーフで、どの『ありがとう』がアウトなのか、そのボーダーラインを見極めることではなかろうか。
よし、思い立ったら吉日。さっそく検証を始めよう。
昨晩、アウトの場合は、『けぽっ』と吐血をした。その吐血が、今後も判定基準になる。
街へ出る。表参道を一人で歩く。
僕は、『ありがとう』の亜種、『サンキュー』という言葉について考えていた。
過去の経験から『サンキュー』がアウトだということは判明してる。
ここでボクは一つの仮説を立てた。
それは、あの時は、実に日本語チックなサンキューだったから、アウトだったのではないか? という仮説だ。
きっと、日本人の僕が、和製英語化した『サンキュー』を言うのはアウトなのだ。
では、すんごいネイティブな発音で『サンキュー』と言ったら、どうだろう?
感謝病の病原体が、僕の発言だと気付かず、うっかり見逃してくれるのではなかろうか?
表参道を闊歩する。
頃合いを見て、僕は、道にわざとハンカチを落とす。
「あの~、ハンカチを落としましたよ」
僕の背後から親切な人が声を掛けてくれる。
……ネイティブな英語……ネイティブな英語……ネイティブな英語……
心中で呪文のように繰り返しながら、くるりと振り向いた僕は、ハンカチを拾ってくれた通行人にこう言った。
「てぃんきゅ」
けぽっ。
……余命、あと79回。




