ありがとう 12
「ちょっと、ケンイチ、あなた、死にそうな顔をしているわよ。大丈夫?」
死にそうな顔とか、そういう問題じゃないってば。着実に死に近づいているんだってば。
「ねえ、ルミ。若い女性が男の家に泊まったりして、ご両親は心配しないの?」
「一緒に住んでいるわけじゃないからね。パパとママには後ろめたいけれど、正直言って、なんとでも誤魔化せるわよ」
そうだった。ルミも僕と同じで、大学進学に伴って田舎から出てきて一人暮らしをしているのだった。
「ケンイチ、そこの急須を取ってくれる」
ルミが、テーブルの上の、僕の近くにあるお茶の入った急須を指差した。
「お茶ぐらい入れてあげるよ」
僕は、ルミの空いた湯飲みにお茶を注いだ。
「あら、ケンイチ、ありがとう」
ああ、胸が痛い。その言葉を聞くと、ドキッとする。
「ねえ、さっきも言ったけど、ルミ、それ、やめない?」
「それって?」
「今、僕に言った言葉。あ、ほにゃらら」
「あ、ほにゃらら?」
「あり、ほにゃらら」
「あり、ほにゃらら?」
「ありが、ほにゃらら」
「そこまで言うなら、最後まで言い切ってよ! 要するに、お互いに『ありがとう』と言うのをやめようってこね?」
「うん。一緒に寝泊まりするわけじゃん。いちいち気を遣っていたら息が詰まっちゃうよ。お互いに自然体で行こうよ」
「まあ、確かに一理あるかもね。分かったわよ。今後は他人行儀な『ありがとう』は慎む。これでいい?」
「うん。ありがとう」
……余命、あと88回。