ありがとう 10
ルミとお付き合いを始めて、かれこれ2年になる。
彼女は、親切で、気立てが良く、そして、細かいことによく気が付く。
僕が感謝病を患うまで、そんな彼女の性格を、僕は彼女の長所だと思っていた。
でも、この病気を患った今、親切で、気立が良く、細かいことによく気が付く性格なんてのは、もうただの嫌がらせでしかない。て言うか、僕の命に突き刺さり、ジワリジワリとめり込んで来る、先の尖った凶器でしかない。
「さあ、少し早いけれど、夕食にしましょう。スーパーのお弁当でごめんね。明日は、私が腕によりをかけた料理をご馳走するからね」
そう言ってルミは、僕の住むアパ―トの小さな台所のテーブルの上に、スーパーで買ったアジのフライ弁当を二つ並べた。
「どう、食べられそう?」
「大丈夫。ルミの顔をみたら、食欲が湧いてきたよ」
僕は、布団から起き上がり、テーブルの椅子に座った。
「いただきます」
「は~、お腹空いた。いただきま~す!」
僕たちは、テーブルに差し向かいに座り、アジのフライ弁当に手を合わせた。
「ねえ、ルミ」
「ん、なによ?」
透明のプラスチック製のお弁当の蓋を取りつつ、僕は、ルミに念を押す。
「はじめに断っておくね。もう、付き合って2年になるしさ。他人じゃない関係だしさ。こうして看病をしてくれるのは、とても嬉しいけれど、それは本当に嬉しいことなのだけれど、でも僕は、今後君が僕にしてくれることに、一切感謝をしないからね」
「な、なによ、その言い草は!」
「いちいち感謝をしていたら、命がいくつあっても足らないよ」
「な~それ! 腹立つ! 信じられない!」
「すまん、あれこれ詮索せず、分かってくれ。僕と君の仲じゃないか」
「ふん、まあいいわ。病人に鞭打つほど私も鬼じゃない。どういう気の迷いか知らないけれど、今日のところは許してあげる。さあ、黙ってお弁当を食べなさい」
僕たちは、アジのフライにソースをかけて、弁当を食べ始めた。
「もぐもぐ。あら、値段のわりに美味しいわ」
「むしゃむしゃ。本当だ、けっこうイケる。ねえ、ルミ、冷蔵庫にマヨネーズがあるから取って。これ、マヨネーズかけたら、絶対美味いやつ」
「んもう。それぐらい自分で取ってよ」
ルミが、不機嫌そうにしぶしぶ立ち上がって、冷蔵庫からマヨネーズを取り出す。
「はい、どうぞ」
「サンキュー」
……余命、あと90回。




