ありがとう 1
「……感謝病です」
三日間にわたる精密検査の後、病院の先生は、僕を診察室に呼んでそう告げた。
「感謝病? 感謝病って何ですか? そんな病気、聞いたことがない」
僕は、先生にそう訊ねた。
「感謝病は、不治の病と言われています。患者が『ありがとう』という感謝の念を示すたびに、正体不明の病原体がその体を蝕んで行くという奇病です。何ごとも過剰に行うことは、体に良くない。それは感謝の気持ちだって同じこと。スズキ・ケンイチさん、あなたは、恐らく、普段からとても好青年だったのではないかな。まだ二十歳にして、人や、物事に、深い感謝を示し過ぎたようだ。だから、皮肉にも、感謝病という奇病を患ってしまった」
先生が、言いにくそうに、僕から目を逸らして話す。
「……不治の病。先生、僕には、付き合っている彼女がいるのです。僕は、彼女との結婚を考えています。僕は、死にたくない。僕は、彼女と幸せな人生を歩みたい。先生、ハッキリおっしゃってください、僕は、あと何年生きられるのですか?」
「……では、包み隠さず、宣告させていただきます」
……ゴクリ。
「あなたは『余命100ありがとう』です』
「余命100ありがとう? ど、どういうこと?」
「スズキさん。あなたは、あと100回『ありがとう』と言ったら死にます。長生きしたければ、金輪際、人に感謝の気持ちを伝えるのは禁止です」
「ええ! そ、そんな!」
僕は、診察室の椅子から崩れ落ち、うなだれて、涙を流した。
「スズキさん、お辛いでしょうが、決して希望を失わないで下さい」
先生が、僕の手を握って言う。
「……せ、先生」
「医学の進歩は、日々進んでいます。私と一緒に闘病を続け、一緒に病気を克服しましょう」
ああ、優しい言葉が、心に染みる。
嬉しくて、嬉しくて、僕は思わずこう叫んだ。
「先生、ありがとう!」
……余命、あと99回。