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短編集【ヒューマンドラマ・現代】

湯気の向こうに見えたもの ×

作者: ポン酢

君は怒るかもしれないけど、君の料理といえば僕にとってはこれが最高の思い出の味。

死ぬ前に何が食べたい?って聞かれたら、これを作ってって頼むと思う。

きっと君は怒って「自分で作れ!」って言いそうだけど。


でもそうだよね。

たくさん凝った料理も作ってくれた。


君はどちらかと言うと洋食系が得意で、僕は和食系が得意だった。

昔、二人で教え合ったりしながら、色んな料理を作ったよね。


なのに、思い出の味がこれとか言ったら、そりゃブチ切れられても仕方がない。

そう思うとちょっとおかしくなって笑ってしまった。


君がそれを作ってくれたのは、僕がとても貧乏な頃だった。


体調を崩して寝込んでいたら君が来てくれた。

気にかけてくれる人がいる事が嬉しい反面、申し訳ないなと思ったし、部屋も買ってきた弁当とカップ麺のゴミが散らかっていたし、玄関先で帰ってもらおうとしたのに、君ときたらちょっと開けた玄関ドアに足を引っ掛け閉じないようにすると、無理やり押し入ってきたよね。

若干怖かった。(笑)


そして僕をベッドに押し込むと、ちゃんと食べてるかと聞いてきた。

僕は君の買ってきてくれたヨーグルトを食べながら、恥ずかしくて俯いてしまった。

その頃、本当にお金がなくて、家に殆ど食料品がなかったのだ。

大体の事を察した君は、何も言わずに台所回りを片付けながら、何かないか探していた。


「……なんだ、うどんがあるじゃん。」


君はそう言った。

安かった時に買い溜めしておいた物だ。

でも具にするものどころか麺つゆもない。


「ちょっと待ってて。」


そう言って君は玄関を出て行こうとする。

僕は慌てて止めた。

ヨーグルトやスポーツドリンクだけでもありがたいのに、それ以上、迷惑をかけたくなかったんだ。

君は僕の性格を熟知しているから、いきなり空手チョップをかまし、そして手を出した。


「200円。」


「え??」


「来る途中にある無人販売所に行くから、200円。」


当時の僕の住んでいるボロアパートの側には、農家さんの売れ残りなのか家庭菜園のものなのかわからないが、無人販売所があった。

僕もたまにお世話になっている場所だった。

君は僕から200円を受け取ると、上着も着ないで出て行った。

晴れているとはいえ、先日、この冬一番の冷え込みを叩き出した真冬に、子供みたいに200円だけ握りしめて行ってしまった。


後から聞いたら、鍵をされないようにする為だったらしい。

そりゃこの寒空の下、上着を着てない人を外に放り出す趣味は僕にはない。


寒い寒い言いながら帰ってきた君は、走ったみたいでゼイゼイ言いながら、得意満面だった。

その腕の中には不格好で折れたりしていたが、なかなか立派な大根と間引かれたものなのかあさつきがあった。


色々始めた君に落ち着かずそわそわする僕を、君はまたベッドに押し込んだ。

身ぐるみ剥いで着替えさせられたくなかったら、おとなしく寝てろと脅された。

君ならやりかねないと思ったので、僕はおとなしく布団に潜って君を見ていた。


うどんを茹で始めたのか、部屋の中に温かい湯気が広がった。

それだけで冷え切っていた部屋の中が、凄く温かいと思った。

君があさつきを刻む音を聞いていたら、いつの間にか少し眠ってしまっていた。


起きれる?と声をかけられて目を開けると、いつの間にか散らかったゴミがまとめられ、カーテンと窓が開いて換気されていた。

洗濯機が回っている音がする。

僕は目をぱちくりして少し固まった。

でも君は気にも止めず、かけてあったダウンジャケットを僕に着せるとローテーブルの前に座らせた。

足元を毛布でぐるぐる巻にすると、掛け布団と敷布団を干して、窓を閉めた。


「ちょっとでも干すと違うんだよ。」


「うん……。」


「大丈夫だって!食べ終わって着替えが済むまでに、敷き直して上げるから。」


「うん……。」


僕にはどうして君がそこまでしてくれるのかわからなかった。

そして目の前にあるものに少し動揺していた。


目の前にあるのはフライパン。

餃子が焼けるように蓋のあるヤツを買っていた。

それが鍋敷きの上にドドンと鎮座していた。


「一番大きい鍋になりそうなのがそれだったからさ~。」


フライパンを気にすることなく、君はテキパキと割り箸と茶碗を出してきた。

そして他によそる物がなかったのだろう。

皿にあさつきの刻んだものが乗っている。


フライパンの蓋が開いた。

ふわっと湯気が上る。


「……これ??」


「ん??これ、知らない??うちでは引きずり出しって呼んでたんだけど…正式な料理名は私もよくわからないなぁ~。」


フライパンには、うどんが茹でられている。

乾麺を茹でたそのままのものだ。

よく見ると細切りにされた大根が一緒に茹でられている。


「本当はさぁ~、削りたての鰹節で食べるんだけどね~。」


そう言いながら君が茶碗に出汁用の削り粉・醤油を入れ、そこにあさつきを入れた。


「ここにちょっとだけ茹で汁を入れるとうどんに絡みやすくなって美味しいんだ~。」


そう言ってお玉で少しだけフライパンの茹で汁を入れた。

そうやってできた茶碗を渡される。


「え??」


「だから、引きずり出し。自分で取って絡めて食べるの。薄くなったら自分で調整して。」


そう言うと君は、ピーピーと終わりを告げた洗濯機に向かって行ってしまった。

僕は恐縮しながらも、目の前で湯気立つうどん…引きずり出しの誘惑に勝てなかった。


こんなふうに温かい物を食べるのなんていつぶりだろう?

僕は箸を伸ばした。

慣れてない僕はうどんが取りにくくて苦戦した。

何で箸じゃなくて割り箸を君が渡してきたか何となくわかった。

細切りの大根も一緒に少し取れる。

途端、茶碗が温かくなり、目の前に湯気が上がる。

僕は取ったうどんを茶碗の中でタレに絡め、口に入れた。


「!!」


すすり上げると、事の他美味しかった。

何より温かい。

何の味付けもされていないうどんの優しい味だけでなく、大根のさっぱりさがするすると口の中に収まっていく。


気づけば僕は夢中で引きずり出しを食べていた。

食べながら、自分好みの味の調整もわかってくる。

うどんもさる事ながら大根が美味しい。

乾麺の塩味を吸って美味しくなっているのだ。

それに大根は胃に優しい。

確か消化を助けてくれるんだっけとか思っていた。

そんな僕を見て、洗濯物を干しながら君は勝ち誇った様に笑った。


「旨いか?!」


「……旨いです。」


「それ、簡単なんだよ。乾麺と大根の細切りを一緒に茹でるだけなの。」


「一緒に??」


「そ。お湯が沸騰したら、乾麺と大根入れて麺の湯で時間待てば終了~。」


こんなに美味しいのにと僕は目から鱗が落ちる思いだった。

お礼を言おうと振り返ったら、君が僕の下着を干していたから申し訳無さと恥ずかしさでまた縮こまってしまった。

それに気づいた君はニヤニヤと笑う。


「存外、派手な下着をつけているんだねぇ~?!君はぁ~?!」


「それは……っ!!洗濯してなくて…履くものがなかったから仕方なく……!!普段はそんなの履かないって!!」


「おやおや?隠さなくても良いんだよ?ん??」


「セクハラ親父発言!!」


暖かくて美味しいものがお腹に収まったせいか、僕はかなり元気が出てきていた。

そして君と笑い合った。


僕はそんな事を思い出しながら、乾麺と細切りの大根を沸騰した平鍋の中に入れた。

大根はスライサーで細切りにするより、手で切った方が何故か美味しいのだ。

ちょうど君からラインが入ったので、軽くおかずだけ買ってきてと返信した。

足元で何かがグイグイとズボンを引っ張る。


「ん?どうしたの??」


「ちゅるちゅる、まだ??」


「今、茹で始めたから後20分後ぐらいだよ。ママもさっき駅についたって。」


それを聞いて娘はパアッと明るく笑った。

そんな愛らしい娘を抱き上げ、頬釣りする。

くっつかないように引きずり出しをたまにかき回しながら、娘に手洗いをさせチャイルドチェアーに座らせた。

戸棚からかいておいた鰹節のタッパーを出し、ネギを刻む。


「パパぁ~!!ちゅるちゅるまだぁ?!」


「もうすぐだよ~。」


沸騰して独特の粘りのある泡を出しながら湯気立つ鍋を見、僕は娘に笑いかける。

茹だったら深皿に出して冷まして、うどんも少し短めに切って……。


「ただいま~!!」


玄関の開く音がして、君の声が聞こえた。

途端、娘がピコンっと反応して嬉しそうに僕を見上げた。

僕は娘を抱き上げて君を出迎える。


「おかえり。」


「ママ!おかえりなさい!!」


「ただいま~!!ん~!!うちの天使ちゃんは今日も最高に可愛いねぇ~っ!!」


手洗いを済ませると君は娘を抱き上げ、猫吸いならぬ娘吸いをし始める。

何でもそれが生きる糧なんだそうだ。


「ご飯、ちょうど出来てるよ。」


君が買ってきてくれた惣菜を皿に移し、温めるものは温める。

それをテーブルに並べた。


「いつも任せてごめんね~!ありがとう~!!」


「気にしないで。僕は基本、在宅ワークだし。仕事でも家事でも、やれる方がやればいいって言ってくれたのは君じゃないか?」


「ふふっ。そうだったね~。」


「ママ!ちゅるちゅる!!今日!ちゅるちゅるなの!!」


「ん~!!本当、娘ちゃんとパパはこれが好きだよねぇ~?!」


「だって、思い出の味だしね。」


「そっか……。」


思わず言ってしまい怒るかと思った君は、意外にもちょっと照れ臭そうにしていた。

君がそんな調子な事は珍しく、僕は驚いてしまった。


「ママ?どうしたの??」


「ん~?あの時、胃袋を掴めるとは思ってなかったんだけどねぇ~。何が功を奏すかわかんないよねぇ~。」


「胃袋??」


「そ!娘ちゃんがもう少し大きくなったら、ママがどうやってパパを口説き落としたか教えてあげるね~。」


「……僕、口説かれてたんだ?君に??」


「そうだよ~。気づかなかったの??」


「う~ん……。思い返せばそうだったのかも……。」


そんな事を言いながら、食卓に付く。

僕の大好きな思い出の味は、今では娘の大好物だ。

君は小分け用の深皿に引きずり出しを取ると、調理ばさみで短くしていく。

それを早く早くと娘がせがむ。


なんかな。


湯気の立つ鍋の向こう。

そこに見える幸せな景色に、僕は心の底から暖かくなった。

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