好きなことがないなんて寂しいことです
ぐるっと庭を回って戻ってくると、東屋にあるふかふかの大きなカウチソファの上に、ちょうど良い薄布が用意されお昼寝ができるようにセッティングされていた。
春の暖かな日差しが溢れたここで寝たら、それはそれは気持ちが良いことだろう。
「お天気の良い日はよくここでお昼寝するんで、用意してくれたんだと思います」
当たり前のように僕の手を引っ張り『一緒に寝ましょう』なんて誘ってくる。
僕はあまり昼寝しないんだけど、アメリーは眠そうだ。
仕方がないのでお付き合いと思って、横に並んで寝る体制になる。
一緒に横になると顔が近くてなんだか恥ずかしいが、僕の顔を見てアメリーが話出す。
「今日は私の好きなものを話してしまいましたが、レン様の好きなものを教えてください」
僕の好きなもの・・・
「特には、ないかな?!」
「ないんですか?!?」
アメリーは驚いたように一瞬起き上がるが、すぐにまた横に寝転がる。
そう、僕には特に好きなものがない。
なんでもそれなりにできてしまうからかもしれないが、これといって打ち込めるものや興味を引くものがないのだ。
それに、なんとなくできればそれでいいじゃないか。
そんなふうに思っていた。
それなのに、
「でも、好きなものがないなんて、楽しいこともないってことですか?」
「えっ!?」
アメリーが眠そうに目を擦りながら、悲しそうな表情をする。
「楽しいことがないのって寂しいです。何か好きなことが見つかるといいですね・・・」
スーという規則正しい寝息が、アメリーが眠ってしまったことを知らせてくれる。
まさか、そんなふうに言われるなんて思ってもいなかった。
楽しいことがないなんて思ってもいなかったが、確かに楽しいこともなかったように思う。
初めて言われた言葉に衝撃を覚えたが、かといってこれからの自分を変える気にもまだなれない。
そうだね、アメリー。
楽しいことや、やりたいことが見つかるといいね。
どこか他人事のように、その時は思っていた。
コツコツという足音と共にカサヴァーノ侯爵が東屋に顔をのぞかせる。
「殿下、お休みのところ申し訳ありません。また、我が娘の押し付けるような言動,親として謝罪致します」
頭を下げる侯爵に気にする必要はないし、僕もそれなりに楽しんでいることを伝えると、安心したように微笑んでくれた。
叔母上が惚れに惚れ込んで、押しかけ同然に結婚したと父上から聞いているが、父上を含め幼少期からの幼なじみだとも聞いている。
「殿下が私に聞きたいことがおありかと思いましてお邪魔いたしましたが、何かございますでしょうか?」
ふぅ〜ん。
カサヴァーノの諜報も中々なもののようで。
僕たちの様子をどこからか監視をしているのだろう。
ま、それはお互い様だから仕方ないけどね。
「侯爵に時間を頂こうと思っていたので、来ていただいて助かりました。アメリーの言語能力についてお聞きしたいと思っていたのです」
それですね、と言ってアメリーの横に座り優しい手つきで頭を撫でる。
そんな父の手を感じたのか、ふわっと嬉しそうに笑うアメリーに、初めてここを訪れた時に感じた胸の中の奥の方がずきっと痛むような嫌な気持ちになった。
アメリーは嫌いではないと分かったけど、なんでまだ嫌な気持ちになるんだろう?
もうこの時からアメリーを『ただ唯一の自分の絶対』と知らず知らずのうちに思っていて,アメリーの父上に対しても嫉妬していたとは、この時の僕は思ってもいなかった。
「アメリーの言語能力は不思議なことに殿下と同じですが、大陸公用語に関しては理解は完璧ですが話すのは日常会話程度です。自分でも完璧には話せないことが悔しいようで、苦手に感じているようです」
「僕とは反対ということか」
僕は大陸公用語は完璧だが、東国語は所々わからない部分があり、どちらかというと苦手意識がある。
本当に僕と同じだったとは・・・
侯爵は僕のことは身内で同じ能力持ちなので知っていたそうだ。
また、両家の両親で話し合い、身近な者たちにも箝口令がひかれ子どもたちを守ることにしたという。
アメリーはまだ外に出る機会がほぼないので、人に知られることはまずないということで、まだ秘密にしなければいけないことは伝えていないという。
「我が家に滞在中にアメリーに殿下の方から、人に知られてはいけないことを伝えて頂くことはできないでしょうか?」
「僕から?」
「はい、同じように言語を理解できる殿下の言葉なら素直に受け入れられると思うんです」
このままでは、確かにアメリーは奇異の目で見られると共に、身の安全も怪しくなってしまう。
「わかりました。話してみます」
「ありがとうございます。ところで殿下、我が娘とは仲良くなれそうですか」
「えぇ、まぁ・・・嫌ではないかも」
考えるような僕の言葉だが、侯爵はにっこり笑って言う。
「兄上が殿下は誰に対しても何に対しても無関心で、年相応の姿を見せてくれなくて心配だと仰っておられたが、アメリーといる時は幼い部分が見られるので、私としては安心しました。滞在中に、もっとアメリーと親交を深めて下さいね。ちょっと変わってますが、自慢の娘です」
「はい。一緒に楽しめたらいいと思っています」
僕を見つめる時の父上様と母上様と同じ表情で、眠るアメリーを見つめる侯爵はとても幸せそうに見えた。
今までなら気づかなかった。
ここに来てまだ2日目だけど、そんなちょっとした変化に気づけるようになってきた。
僕の見方など変わってきたのは、隣で眠る小さなお姫様のおかげだと、なんとなく感じることができた。
ファーレンの前世の結城蓮君は帰国子女で小学生までアメリカに住んでいました。
そのため英語はペラペラ、日本語はちょっと苦手。
大人になってからは海外営業部で、得意の英語を活かしてました。
アルメリアの前世の立花莉愛ちゃんは生粋の日本人なので、日本語はペラペラ、英語は会話が困らない程度なのでちょっと苦手。
人気の受付嬢だったので、自分が思っているよりも英会話ができていたんですけどね。
という裏設定がありました。
なので、日本語母体の東国語と、英語母体の大陸公用語の理解度に違いがあったんです。
でも大人になるまでに、2人はこの苦手を克服して他の二カ国後もマスターしちゃうんですよね。
頭のいい人はすごい!
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