はじめまして、婚約者殿
二日後、僕はカサヴァーノ侯爵邸に向かうことになった。
カサヴァーノ侯爵はルノア王国の王家に次ぐ力を持つ筆頭侯爵家だ。
父上様の妹の叔母様が大恋愛の末、お嫁にいかれたということは、婚約者のアルメリアは僕の従姉妹になるのだろう。
赤ん坊の頃に会ったことがあるらしいが、残念ながらそこは覚えてない。
王家の者として政略結婚は必要なことだから、婚約は仕方がない。
こんな出来損ないの僕でも王太子として国のためになることをしなければならないのだから。
でも、それすらどうでもよかった。
3歳のまだまだひよっこのくせに、色々なことを諦めていた僕は、この1週間が僕の運命を決めることになる、大切な転機になるとはその時微塵も思っていなかった。
タウンハウスとしては大きな屋敷の前で馬車が止まる。
王都にこれだけの敷地と屋敷はさすが筆頭侯爵家といったところか。
馬車から降りると使用人たちと公爵家の皆様が出迎える。
「ファーレン殿下、この度は我が家にお越しいただきありがとうございます。私が主のダンカノア・カサヴァーノです。こちらが妻のフェレノアです。その他の者は中で紹介させて下さい」
物静かで柔らかな微笑みを称えた公爵が臣下の礼をしながら話をする。
あぁ、ここは居心地がいい。
主の物静かな優しい雰囲気が、公爵家の屋敷全体を包んでいるような心地よさを感じる。
「この度はご招待いただきありがとうございます。叔母様お久しぶりです。母がたまには王城にも顔を出してほしいと言っておりました」
「ファーレン様お久しぶりです。歳以上の落ち着き、さすが王太子殿下ですわ。アメリーにも見習ってもらいたいものですわ」
「母様恥ずかしいので、あまり言わないでください」
ひょこっと叔母の陰から小さな影が顔を覗かし、自分を見て顔を赤くしている。
あぁ、この子が僕の婚約者のアルメリア・カサヴァーノか。
姿絵と同じ金の瞳に銀の髪。
でも絵では表しきれなかったのだろう、この子の内側から放つ抑えられないほど美しい気品のあるオーラと絵画の色では表現できない煌めく銀色を素直に美しいと思った。
でも、それだけ。
その他の感情は全くない。
無表情の僕とは違い、アルメリアは顔が赤くなったりコチラを窺うような表情やはにかむ様子など、この子は表情がくるくる動き見ていて飽きない。
「殿下、中にどうぞ。1週間、我が家と思ってお過ごしください」
「侯爵ありがとう」
僕は侯爵に続いて屋敷の中に招き入れられた。
邸内は華美な装飾はなく一つ一つは高価な物なのだろうが適度な調度品と花がたくさん飾られ、温かな光が溢れているように感じる。
「花は全てアルメリアが温室で育てたものです。アルメリアは花が好きだよね」
「わたくしだけではここまで美しく咲かすことは無理です。ドールマンお爺さんたち庭師の皆さんのおかげです」
侯爵は娘を片腕に抱き上げ、ギュッと抱きしめるとアルメリアも嬉しそうに侯爵の首に抱きついている。
溺愛されている、のだろう。
自分に向けられる愛情を素直に受け入れ、相手にもちゃんと返している。
子どもらしいんだろうなぁ。
あれ?なんだか胸がちくっと痛みを感じたような気がする。
なんだろう?
ちょっとムカムカ?モワモワ?モヤモヤ?!今まで感じたことがない感じだ。
分からない。
でもあんまりいい感じではない。
そして
アルメリアのことがあまり好きではないと思った。
でも好きではなくても仕方がない。
だってこれは政略婚約なんだから。
胸がモヤモヤする本当の気持ちには蓋をして、アルメリアとの初顔合わせは僕にとってあまり良い思い出にはならなかった。




