ウタの赤ちゃん
その後ウタの隣に座り一緒にお茶を楽しむ。
今日はウタに合わせて私もノンカフェインのハーブティーを頂く。
学園での話や王城でのこと、レンとの話などウタはあれもこれもと色々聞きたがり、きわどい質問に赤面したり言葉を濁したり、笑ってお茶を飲んでお菓子をつまみ女子会のようでとても楽しかった。
「ねぇ、ウタ。予定日っていつだったかしら?」
「なんだかこの子、のんびり屋さんなのかまだお腹に居たいのか、予定日はとっくに過ぎてるんですが、中々出たがらなくて。マイヤーも心配しているんですけどね」
心配そうなウタは先ほどまでと違ってお母さんの顔をしていた。
でも、心配だわ。
前世の日本では予定日を過ぎると赤ちゃんに栄養や酸素を送る機能が低下してしまうため、胎児への影響を考え促進剤を使って陣痛を起こして出産を促す。
もちろん出産が遅れるのは胎児だけでなく母体への負担も強くなってしまう。
このまま無事に出産に向かうといいのだけど。
そっとウタの大きなお腹に手を添え目を閉じお祈りをする。
ルノアを守りし花の女神様と光の神様、どうかウタとウタの子どもをお守りください。
私の魔力とレンの魔力が薄く輝いたような気がした。
「お嬢様、ありがとうございます。なんだかあたたかな思いを感じることができました。お嬢様のお帰りの間にこの子に会っていただけるといいのですが」
私の祈りが届いたのかウタの言葉が言霊になったのか、その夜まだ日が出ないうちにウタが産気づき屋敷内がバタバタ慌ただしくなるのだった。
「ウタの様子は?」
簡単なワンピースを着て階下に降りる。
ウタとマイヤーは屋敷の敷地内に建てられた使用人用の小さな戸建てに住んでいる。
独身者たちは前世のアパートのような棟に住み、妻帯者や家族がいるものは小さな戸建が割り当てられている。
様子を見に行ってくれたフットマンが、まだ陣痛が微弱なため出産まで時間がかかると教えてくれた。
空が明るくなってきたので、我慢できずにウタとマイヤーの部屋に向かった。
「ウタの様子はどう?」
「微弱陣痛がまだ続いております。予定日数よりかなり遅れていたことも気になりますが、このまま小康状態が続くと母子共に危険かと」
産婆さんと侍医二人が顔を見合わせお互いの意見を出し合いどうしたら良いかと話すが、これといっていい案は出てこない。
この世界の出産は自然に任せるしかないのだ。
私はウタのそばに行き、手を握り腰をさすったり励ましたり、水を飲ませたりすることしかできない。
お嬢様すいませんと謝るウタに、いいの、元気な赤ちゃん産んでね!としか言えない自分の無力さを感じた。
日が落ちてもウタの様子は変わらなかった。
このままでは母子共に危険なのだが、この世界の医学ではどうしようもない。
そこで私はウタのお腹の中の子どもに魔力を送り話しかけることにした。
ごめんなさい、大賢者様。
帰って早々に約束破ります。
でも、相手はまだ生まれる前の赤ちゃんなので使う魔力も少量で、私への影響は少ないと思われるのでお許しください。
でも、私について聡いレンにはすぐにバレちゃうんだろうなぁ。
そのレンは、今は東国との国境にあるイリヤ川の河川工事の視察に今朝から出かけていて、王都のペレにはいない。
イリヤ川は雨季に氾濫を繰り返しやすい川で、雨季前に東国とルノア国との共同での大工事が行われていて、今回は合同の視察となっている。
本当はエリシオン殿下が視察にいかれる予定だったのだが、昨晩遅くに体調を崩されたということで、急遽レンが行くことになった。
しかし、視察が私の自宅帰りと重なってしまったことが、レンにはどうしても気になってしまい最後まで行かないと言っていたが、魔力を込めたネックレスもあるし大丈夫という周りの声に渋々行くことを了承したのだ。
今朝王城からの使者にそのことを聞いたが、私はウタのお産については知らせなかった。
レンに知られるとウタに何かあった時に私が無茶をすると感づかれ視察に行かなくなるのが目に見えていたので内緒にした。
帰ってきてから、多分すご〜く怒られてしまうだろう。
お仕置きは甘んじて受け入れようと覚悟を決めた。
ウタが陣痛の合間に疲れてうとうと眠っている時にそっとお腹に手をあてる。
目を閉じ驚かさないよう少しの魔力でお腹の中の赤ちゃんをイメージするように触れる。
そうか、君は男の子だったんだね。
とっても疲れているみたいだから少し力を分けてあげるね。
力を渡すようなイメージで魔力を流すと、思っていたよりも魔力を取られることに気づく。
あれ?君は魔力持ち?
私は優しく語りかけてみる。
『坊や、おはよう。そろそろ起きたらどう?』
『・・・だ〜れ?ぼくはまだねむいの。ここはとってもきもちがいいんだ』
目をギュッと瞑って起きたくない!瞼を開けたくない!と意思表示をされる。
『でも、そろそろ起きてくれないと、坊やのお母様も疲れてしまうのよ。それにお父様もお母様も、みんなが待っているよ。君に会えるのを』
『おかあさま?おとうさま?みんなぼくにあいたの?』
『うん、私も会いたい。だから起きて外に出よう』
ゆっくり瞼を開け私のことを初めて見てくれた坊やの瞳はウタと同じ綺麗な空色だった。
その表情がとても悲しげに揺れる。
『あのね、ほんとはぼくもおそといきたいの。あいたい、まってるよ、ってたくさんおはなししてくれたの。でもここからでられないの。がんばったけど、つかれちゃった・・・』
『私がお手伝いしてあげる。だから外に行こう!』
手を差し出すと、そっと私の手を握ってくるその子からは、外に出たいという力強さを感じた。
引き上げるようなイメージと癒しの魔力が、ウタとお腹の中の坊やを包み込む。
『後は、お母様と頑張ってね。待ってるよ』
『うん!ありがとうおねえちゃん!!』
そっと目を開けるとウタが驚いた顔で私のことを見ていた。
「お嬢様!?今のは?あの子が私の赤ちゃん?」
「お母様、頑張ってね。坊やがあなたに会いたいって!」
「・・・はい!」
それから、陣痛がきたウタは次の日の日が昇る少し前に、無事可愛い子どもを出産する。
元気な産声をあげる子は、ウタと同じ空色の瞳の男の子だった。
私はというと、思ったより魔力を消費してしまいレンのネックレスに頼らせてもらったのだった。
あ〜、もう言い訳できないなぁ、と思いながら。




